第82章 誰が為に鐘は鳴る
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「───…ぃ…おいッ!リーバー!!」
「…あ?」
まるで散乱しているかのようにも見える、机の上に山程積み上げられた文献と書類の束。
その合間からのそりと上がる顔は、無精髭に眼鏡の奥の目下には濃い隈。
一目見てわかる程に顔色の悪い人物を前に、ジジは顔を顰めた。
「お前なぁ…まッた仕事根詰めてんのか。前みたいにぶっ倒れるぞ!」
「ああ、大丈夫だよ。点滴打ってるから」
堪らず声を荒げるジジを前に、怯む様子を見せないリーバーは声色を変えることなく再び目の前の書類へと向かう。
ガリガリと左手で握った羽ペンの先を細かな数式の並ぶ紙に走らせながら、上げた右腕には小さな針と細い管。
その先を辿るように目で追えば、ジジの目に入ったのは点滴のパックが下げられたキャスター機器。
(おいおいおい。半分病人じゃねぇかこれじゃ)
その姿が白衣姿でなければ、病人と間違えても可笑しくはない。
確かに忙しい職場だが、ここまで体に鞭打って仕事をする程人手が足りていない訳でもないだろうに。
リーバーが仕事人間なのは知っていたが、明らかにこれは度を超えている。
(人手が足りてねぇんじゃなくて、人の手を借りようとしてねぇんだな。コイツは)
命を賭す職場ではあるが、過労死で死ぬなど以ての外だ。
しかし目の前のやつれた人物は、正に命を削りながら仕事をしているようだった。
「つーか、なんでジジが此処にいんだよ。お前、先月からアジア支部配属だっただろ。頭でも打って勤務先間違えたか」
「違ぇよバーカ。俺は仕事の用事でこっちに顔出してんだ」
「じゃあ仕事しろよ」
リーバーの目は、書類から一切逸らされない。
ガリガリと羽ペンが突き走る音も止まらず、覇気のない声でぼそりと正論を告げられる。
確かに仕事には来た。
済まさねばならない用事はある。
それでも今にも倒れそうな病人並みの顔をした元部下を、放っておくことなどできようか。
(ほっとけるかっつの)
ジジが自ら教団本部への出張を名乗り出た理由の一つは、目の前の彼にあった。