第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ぐッ!?」
宙に投げ出され落下するリーバーの体は、そのまま遥か下にある地面に衝突はしなかった。
がくん、と唐突な制止により落下にブレーキが掛かる。
「はんちょ…!」
二人の落下を止めたのは、柵から身を乗り出したラビの手によって。
「南を、離す、なよ…!」
「ラビ…ッ」
南を両手で抱いたリーバーの白衣をラビが握り締めている。
だがゾンビとの死闘で廃れた白衣では、大人二人の体重を支えるのには限界があったらしい。
びり、と白い布地に亀裂が生まれた。
「っこのままじゃ落ちるさ…!はんちょ、手を!」
「駄目だッ手を離したら南が落ちる…!」
リーバーの腕に抱き締められている南は、気を失っているのか力無く動かない。
自ら掴まる意思のない彼女を繋ぎ止めておくのに、腕一本では不可能だった。
「このままじゃ二人共落ちるさ…!」
強風と豪雨が荒れる嵐の中で、長い間二人を支えてなどいられない。
ラビの眼下に広がるは、教団の遥か下の固い地面ではなく、中階に設置された中庭だった。
しかし決して落下するのに容易い距離ではなく、今は何よりラビが放った業の所為で大洪水が起こっている。
其処には波に呑まれたゾンビ達も蠢いているのだ、落ちてしまえば洪水とゾンビの餌食となってしまうだろう。
「南!おい、南…!頼むから目を開けてくれ!」
その足元に広がる光景は、リーバーの目にも映し出されていた。
しかし腕の中で謎の影に呑まれた南から目が離せない。
硬く瞑られた瞳は、最後に見た時は黒く淀んだように濁っていた。
ひゅっと短い呼吸音を残し、息を詰まらせたように動きを止めた。
嵐と状況の所為でしっかりとは確認できないが、蒼白い顔は生を宿しているのかも定かではない。
不安が襲う。
「起きろ南…!」
「…無駄だ。ぞの女の意識は今、手の届かない所にある」
「!? どういう意味だッ?」
「言葉の通りだ。体を蝕んでいる魂が、女も共に連れで逝ごうどじでいる」
リーバーの腹から顔を覗かせた亡霊が、淡々と状況を説明し出す。
耳を疑うような内容だったが、亡霊の説以外に確かな情報は何もない。
ならば南の命が危機に貧しているのか。