第82章 誰が為に鐘は鳴る
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暗く人気のない廊下に響く、二つの足音。
「はっ…南…!」
「南!何処だッ!?」
足取り荒く、南と別れた部屋に戻ってきたラビとリーバー。
しかし二人を待ち受けていたのは、締め切っていたはずの扉が開け放たれた無人の部屋だった。
何処を捜しても南の姿はなく、争った形跡もない蛻の殻の空間だけ。
「やっぱりいないか…っ」
「てことは、はんちょの銃声聞いて逃げ出せたってことさっ?」
「いや…ぞの可能性は低い」
ラビの見出す希望を否定したのは、掠れた亡霊の声だった。
リーバーの腹から覗いた顔が見ているのは、無人の部屋の前。
其処には点々と小さな血痕が、微かに廊下の奥へと続いていた。
「これは…」
「あの女の血だ」
幾度もゾンビにやられ負傷を負っていた南。
亡霊の言う怨念に襲われた結果の血痕ではなさそうだ。
しかし、腰を下り血痕へと手を伸ばすリーバーの顔は険しい。
「…床に付着してる感覚が短い。この感覚なら南は走っていたんじゃなく歩いて此処から去ったことになる」
「何かに追われて逃げ出した訳じゃないってことか」
「逃げるづもりで出て行っでいない可能性もある」
「何が言いたいんさ?」
さっきから引っ掛かる亡霊の物言いに、焦りも相俟りラビは苛立つ視線を向けた。
言いたいことがあるならはっきり言えと、視線で促す。
仕方なしにと、亡霊は腫れ上がった唇を開いた。
「既に女は霊に取り憑がれでいる可能性が高いど言うごどだ」
「…何故そう言い切れる」
「怨みや憎しみは、心に隙間がある者に程取り入りやずい。室長の妹にわだじが取り憑けだのも、あの時室長との関係に心の隙間が生まれでいだからだ」
長い乱れた前髪から覗くぎょろりとした目が、険しいリーバーの顔を映し出す。
「お前達の中で、一番心に溝を作っでいだのはあの女だっだ。わだじが怨みを持って取り憑ぐなら、迷わずあの女にずる」
「心に溝って…はんちょ、」
「………ああ」
皆まで言わずとも、南の心を抉ったものがなんなのか。
リーバーもラビも充分に理解していた。
彼女の心を強く引き裂いたものと言えば、あの教団本部襲撃事件以外にはないだろう。