第82章 誰が為に鐘は鳴る
「…あのチビガキか?」
「オレはハナっから餓鬼じゃねぇさ」
大人の体へと成長を取り戻したラビが、押さえ付けられていたソカロの足首を捻り上げる。
ペッと赤い唾液を吐き捨て、鉄槌を握り直した。
体が元に戻ったお陰で、力はまだ僅かだが残っているようだ。
「矢は回収した!逃げろラビ!」
その体力で逃げ出せとリーバーは言っていたのだろう。
しかし尻尾を巻いて逃げるなど願い下げだ。
普段のラビなら、逃げも作戦の一手として選べただろう。
ソカロのような相手なら尚更、本気で相手にする理由もない。
「…悪ィな、リーバーはんちょ」
だが今は、血反吐の跡が残る口元を歪ませ笑う。
「ちっとばかしブチ切れた。ここまでやられたんさ、やり返したって罰は当たらねぇよな?」
散々小さな体を嬲られ痛め付けられ玩具のように扱われた。
相手が仲間である元帥であることなど百も承知、だがだからこそ遠慮もせずにいられるというもの。
びきりと額に青筋を浮かべ、隻眼の瞳孔が鋭く開く。
獲物を前にした獣のような目に、ソカロもまた笑った。
「そうこなくっちゃ面白くねェ!死闘といこうやァ!」
「…誰が、」
狂喜に歪んだ笑みを浮かべ襲い掛かってくるソカロに対し、ラビは堪忍袋を切れさせながらも冷静だった。
相手は狂人元帥。
普通に相手をしても、太刀打ちはできない。
「お前なんかと死闘するかよ…!」
飛び退き様に、一回転させた鉄槌を巨大化させる。
しかし相手へと振り下ろすことなく、向けたのは天井へと向けて。
「"疾風迅雷"」
彼が一言、言霊を乗せれば。
辺りを荒れ狂い暴れ回っていた龍達が一斉に動きを変えた。
「うわッ!?なんだ…!?」
「離ずな!巻き込まれるぞ…!」
辺りのゾンビ達を食らい巻き込みながら、ラビの鉄槌へと飛び込んでいく。
強風に足元を掬われそうになりながら、リーバーは必死に目の前の柵にしがみ付いた。
「ゾンビのダンス相手にゃ精々ゾンビがお似合いさ」
鉄槌へ激突するかのように飛び込む龍達に、ラビ自体には影響がないのか。
バタバタと強風で髪や服を仰がせながらも、揺るがぬ足で立ち全ての龍を呑み込んだ。
残されたのは静寂。
「好きなだけ踊ってろ」
ゆらりと、ラビの鉄槌に一匹の大蛇の鱗が纏った。