第82章 誰が為に鐘は鳴る
「なんだ、手応えねぇなァ」
「っ…」
「まァガキの割には保った方だと思うぜぇ?」
「ぐ…ッ」
クツクツと笑うソカロの足が、無遠慮にラビの体を押し潰しにかかる。
骨をミシミシと鳴らし苦痛の声を漏らすラビに、裂けるように弧を描いた口元が笑った。
「選ばせてやる。腕と足、どっちがイイ?」
「…は…?」
「体とオサラバする箇所よ。楽しめた礼だ、命の代わりに手足を寄越しな」
ジャキリと大振りな刃をラビの肩に充てがう。
「テメェはその腕奪った方が、イノセンスへのダメージもデカそうだな」
「っ…!」
逃げ出さなければ。
ソカロが放ってくる殺気は本物だ、このままでは本当に腕を奪われ兼ねない。
しかし滅多打ちにされたラビの体は、最早限界だった。
掴んだ鉄槌を握る手に力は入らない。
「ラビ…!逃げろ!」
「…っ?(この声は…)」
うつ伏せに転がったまま、背中を踏み付けられ虫螻のように扱われる。
霞む意識の中、ラビの耳に届いたのはリーバーの微かな声。
「タイムリミットだ!逃げ出せ!」
(…タイムリミット?)
何を言っているのだろうか。
意味がわからず、しかし問い掛ける気力もない。
「綺麗に断ち切ってやるから安心しな!蓑虫野郎にしてやるよォ!」
イノセンスの刃を大きく振り被るソカロに、ラビは諦めの表情を浮かべるのではなく、唇を食い破る勢いで歯を食い縛った。
此処で殺られる訳にはいかないのだ。
こんな所で命を落とす気は更々無い。
落とすとすれば、それはただ一つ。
(守らなきゃいけねぇもん、守り切ってからだろ…!)
ボンッ!
「!?」
途端に、ラビの体から吹き上がる白い煙。
一瞬の驚きにソカロの気が散る。
がしりと、強い力で足首を掴まれたのはその時だった。
「なんだァ?」
思わず問い掛けるも、返答はない。
「…へ…タイムリミットって、これのことかよ…わかり易く言えっての…」
代わりに届いたのは、少年の幼さ残る高い声ではなく、声変わりをした低い声。
立ち込めていた煙が薄れ、その中心にいた人物の姿が顕となる。
ソカロの目に映ったのは、最早小さな少年ではなかった。
「よくもまぁ散々コケにしてくれたな」
それは赤毛に翡翠色の隻眼を持つ、青年。