第82章 誰が為に鐘は鳴る
「ごれは…」
「おいアレン!しっかりしろ…!」
「落ち着けリーバー。ごれは敵襲じゃない」
「はッ?でもこいつらの顔が…!」
「よぐ見ろ。"正常化"しだだけだ」
「……正常化?」
慌てふためくリーバーとは正反対に、亡霊の少女は冷静だった。
白い煙を纏うアレンの顔をじっと見ていたかと思えば、静かに溜息をつく。
彼女の声に、戸惑いつつも再び目の前のアレンを見やる。
リーバーのグレーの瞳に映り込んだのは、煙を上げるアレンの顔。
「アレン…?」
よくよく見れば、その顔は破裂などしていなかった。
白い煙が薄れていけば、真っ白な頭にAKUMAのペンタクルがはっきりと見えてくる。
衝撃で目眩でも起こしたのか、微動だにせず目を瞑るアレンの顔。
それは見慣れたいつもの顔だった。
白人独特の白い肌に、幼さの残る顔立ち。
ふわふわとした色素の薄い髪は、肩に触れる程もない。
「…髪が」
「ぞうだ」
そう、ティムキャンピーと共に被った強力な育毛剤。
それの所為で腰に届かんばかりに伸びていたアレンの髪が、元に戻っていたのだ。
「薬の効果が切れだから、体が元に戻っだんだろう」
「ってこと、は…」
「ガゥッ」
「! ティムっ」
ぴょこんっとリーバーの目の前に飛び出してきたのは、体など破裂させていないティムキャンピー。
アレン同様、両端に付いていた小さなツインテールは消え元の丸いボディへと戻っているではないか。
どうやら少女の読みは当たったらしい。
「なんだ、驚かせるなよ…全く」
「ガゥァウ」
「ん?…ああ!」
咥えた矢を主張するように押し出してくるティムキャンピーに、支えていたアレンの体を床に寝かせて受け取る。
即座に観察すれば、矢の先端はしかと赤く染まっていた。
間違いなくクロウリーの血だろう。
「よし、これで俺達の目的は達成だ…!ありがとな、ティム」
「ガァッ♪」
「後はラビを───」
言いかけたリーバーの声を遮ったのは、ごがんと岩を割るような衝撃音。
はっとしたリーバーは慌てて階段へと走り寄ると、今にも落ちそうな勢いで身を乗り出した。
「ラビ!」
見下ろす遥か眼下。
其処には血に塗れた姿で床に倒れ込む少年に、大きな足を乗せて押さえ付けるソカロの姿があった。