第82章 誰が為に鐘は鳴る
「何寝惚げたごと言ってる!よぐ見ろ!」
「確かに動物を愛でるような顔はしてないけどな…」
「違う、ぞこじゃない!あいづの後ろだ!」
つい零れた本音は、亡霊の少女に反発された。
しかし彼女が否定していたのは、ソカロの顔立ちではないらしい。
ずるりとリーバーの腹から這い出た小さな手が指差す先。
それは強風の中ものともせず仁王立ちしているソカロの背後だった。
「後ろ?」
其処に何があるのかと目を凝らす。
先程まで隠れていた暗い廊下の入口が其処にはあったが、ぽっかりと空いた真っ暗な穴のような景色があるだけだ。
「なんだ、何もな───」
言い掛けたリーバーの目の端で何かが蠢く。
暗い入口の隅。
目を凝らし暗闇に慣れた視界が拾ったのは、ひょろ長い胴に細い手足。
背中には二つの巨大な蝙蝠のような翼を背負ったシルエット。
「あれは…クロウリ…!?」
それこそリーバー達が待ち望んでいた者、アレイスター・クロウリーの姿だった。
「間違いない、奴だ!」
「よし!やっと来」
「ひゃっはぁァア!」
つい抑え切れず溢れる歓喜の笑み。
しかしリーバーの歓喜を消し去ったのは、荒れ狂う狂人の雄叫びだった。
強風など感じないかのように、翳した刃を的確に狙い振り下ろしてくる。
「っ…!これじゃクロウリーどころじゃないぞ!」
間一髪床に身を伏せて滑り込めば、ぶぉんっとリーバーの頭上すれすれを横切っていく巨大な刃。
一撃でも喰らってしまえば即死もあり得る。
AKUMAの襲撃以上に厄介な相手を前に、立つことさえ儘ならない強風の足場を地に、リーバーは顔を歪める他なかった。
「銃を使え!エクゾシストでも相手も生身の人間だ!効くはずだろう!」
「んなことできるか!仲間なんだぞ!」
「ぞの仲間に殺されぞうになってるのにまだ庇うのが!?」
「当たり前だッ!」
「ッ」
意志を曲げないリーバーの強い主張に、亡霊の口も抗うことを止める。
しかしそれで状況が良くなった訳ではない。
寧ろ持論を吐くリーバーの足は、その一瞬止まってしまった。
ふ、と背後にかかる影。
「追い詰めたぜェ」
「!」
振り返ったリーバーの視界一面に掛かる影。
長身であるリーバーよりも更に大柄で強靱な体は、すぐ目の前に迫っていた。