第82章 誰が為に鐘は鳴る
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「ラビ、後ろ頼むぞ」
「あいさー。はんちょも前見張ってろよ。目的地に着く前に全滅とか洒落になんねぇさ」
「南にこっ酷く怒られそうだしな」
「100%な」
暗い廊下を進む、男一人と少年一人。
「大丈夫だ…ごの辺りに感染者はいない。わだしがわがる」
否、男の体に取り憑いた亡霊も一人。
「うわっ急に出てくんなさビビる」
「もういいだろう。女とは別れだんだ」
南が怖がるからと彼女の前では身を潜めていた亡霊の少女だったが、もう時効だろうとリーバーの腹から顔を覗かせながら掠れて濁った声を零した。
───ぐぷり
少女が囁けば、真っ黒なオイルのような血が咥口で溢れる。
ぐぷり、ぐぷりと立つ音にラビは堪らず顔を顰めた。
(南が耳にしたのは、この音だったんさな…)
排水溝が詰まったような音、と南が表現していたことを思い出す。
確かにその類に似てはいるが、全く非なるもの。
音の発生源を知れば恐怖はなくなるかと思ったが、そうでもない。
心霊現象が苦手なラビにとって、つい耳を塞ぎたくなるような音だ。
「はんちょ、今何時」
気を紛らわせるかのように話題を振るラビに、リーバーの視線が腕時計に落ちる。
「そうだな。夜中4時前と言ったところか」
「うへあ…丑の刻じゃん」
「うしのこく?」
「日本の言い回しにあるんさ。十二支の動物に時間を擬えたもんで。丑の刻は死後の世界が、常世に繋がる時刻だって言われてるらしいさ」
「ふぅん。なんか聞いたことはあるような気がするが…お前、詳しいんだな」
「ちょっとだけさ」
南の国だからと興味を持って調べていれば、学んだ様々な日本文化。
今では日本人である南の次に、小さな島国の知識が身に付いているのはラビだろう。
「"怪異と出会う時間"だって言われてんさ。…日本人ってのは妖怪とか神様とか、そういう目に見えないもんへの信憑度が高い人種だよなぁ」
「そりゃあ実際にいるからな。今俺の腹に」
「…現実見せてくんなさ。折角忘れようとしてたのに…」
ラビもエクソシストである手前そういう類は信じているが、だからと言って見たい訳ではない。
できれば関わらず生きていきたいものだ。