第82章 誰が為に鐘は鳴る
「俺達も寝るか。少しは体休めないとな」
「…寝られるんさ?はんちょ」
「…三日徹夜する方がまだ楽だ」
「だろ」
目の前には、無防備なあどけない表情で眠りこけている想い人。
少し身動げば体の柔らかさや間近で聴こえる吐息や、南の持つ匂いなんかも感じ取れる。
そんな中で安眠しろという方が難しい。
安心しきって彼女に触れられるだけの仲には、まだ互いになってはいない。
「はーぁ、これじゃ休めるもんも休めねぇさ…」
「何言ってんだ、ラビから南に添い寝希望したんだろ」
「だってこうでもしねーと、南の奴休まないだろ?」
「…お前…それが目的だったのか…?」
「ん」
短い返事一つ。
素っ気ない態度だったが、それでもリーバーには充分だった。
それだけ、ラビが南へと向ける想いの強さは知っているつもりだ。
「ラビ」
「なんさ」
「…顔、胸に寄せ過ぎだ。もう少し離れろ」
「って、なんさ。そういうはんちょだって南と顔近くねっ?離れろよ」
「言いながら胸に顔を埋めるな、顔を」
「イテテテ!頭掴むなよッ」
「馬鹿、大声出すと南が起きるぞっ」
「はんちょが手出さなけりゃなッ」
ぐいぐいと押し返していた小さな頭に言い負かされ、渋々とリーバーは手を引っ込めた。
互いがこの場で望むのは南の安息。
彼女を挟んで喧嘩をしている時ではない。
「ったく。はんちょってそういう子供っぽい所あったんさな…」
「そう言うお前は、偶には大人びた気遣いもできるんだな。偶には」
「…喧嘩売ってる?」
「いや?」
ひくりと口元をヒクつかせて歪んだ笑顔を向けるラビに、さらりと笑顔を返すリーバー。
互いに笑ってはいるが、ぴりりと張り詰める空気は冷たい。
それでも何処ででも寝られる体は寝付きがいいのか、南が起きる気配はない
笑顔の睨み合いをすること数秒。
沈黙ができる。
聞こえるのは南の寝息と、窓を打つ強い雨の音だけ。
(…そういえば、あの時以来か)
威嚇するラビを見ながら、ふとリーバーが思い起こしたのは1月1日の元旦でのことだった。
ラビと二人きりで向き合ったのは、きっとあの日以来。