第82章 誰が為に鐘は鳴る
ふわり、ふわり
宙に浮く。
温かく、大きな何かに包み込まれているような感覚。
それはどこか記憶に在るものだった。
ふわり、ふわり
どこまでも優しくて、どこまでも頼もしくて───
そして、弱い。
強さの下には弱き心があることを知った。
だからこそ初めて恐怖を和らげることができた。
涙で沁みた、あの人は
「南」
ゆっくりと瞳を開く。
ただただ暗い教団の中を彷徨い続けていた中で、その空間だけは、ほんのりと温かい色を灯していた。
ゆらゆらと微かに揺れる、橙色の灯。
灯に照らされた顔が、ほっと息をつく。
「よかった」
「……リーバー…班長…?」
南を覗き込むようにして見下ろしていたのは、知った上司の顔。
ゾンビのように血走った目も鋭い牙も備えていない。
いつも傍に当たり前に在った、リーバー・ウェンハムの存在だった。
「班長…!」
目の前にリーバーがいる。
それを悟れば、南の体は弾けるように飛び起き、その白衣の腕を掴んでいた。
「ほんと…っ本当に!?リーバー班長…!?」
「あ、ああ。間違いなく俺だから。落ち着け、南」
「だ、だって…お腹…っ顔、が…ッ蛙のぴょん吉…!お腹が!顔で!」
「わかったわかった。言いたいことはなんとなくわかるから、とりあえず落ち着けって。な?」
しどろもどろに必死に訴える南の姿に、苦笑混じりにリーバーの手が頭に触れる。
ぽんと乗れば、くしゃりと一撫で。
(あ…リーバー班長の、手だ)
何も変わらない、いつもの癖ある彼の仕草。
口が自然と言葉を呑み込む。
まじまじと見つめる、いつもよりずっと近くにあるリーバーの顔は、確かに彼のものだった。
目が合えば、薄いグレーの瞳が微かに細まる。
(リーバー班長、だ)
確かに此処にいる。
ゆらゆらと揺れる灯は儚く、淡い時のようにも思えたけれど。
それでもこの"時"だけは、目の前に彼はいるのだ。
ぐっと、リーバーの腕を掴む南の手に力が入る。