第82章 誰が為に鐘は鳴る

「南っ？」



くらりと揺れる頭。
堪らず片膝を付く南に、ラビが慌てて駆け寄って来る。



「まさか六幻のイノセンスの気に当てられたとか…ッしっかりしろさ南！」



ぐらぐらと揺れる視界に、覗き込んでくるラビの顔もぐにゃりと歪む。
小さいながらも強い手に背を支えられながら、南は歯を食い縛った。



「っ…（違、う）」



この頭の揺れは、先程感じたものと同じものだ。
しかしイノセンスによるものではない。
漠然とだが確信はあった。

びきり、とクラウドに噛まれた首筋が鈍く疼く。



（っ…やっぱり、）



嫌な予感は常にしていた。
科学者故に、捨て切れない疑惑と感じていた先の不安。
それはどうやら最悪なことに当たってしまったらしい。



「ごめん、ラビ…ワクチン、失敗した、かも…」

「へ？何言って…南？おい、南ッ！」



ぐにゃりぐにゃりと歪むラビの顔は、もう原型を留めていない。

ゾンビ化してしまう効果は凌げたものの、ティムや神田に襲われ続けてはいた。
それでもゾンビ化しなかったのは、ウイルスを滅却出来たからではない。
体内での活動を静められていたからだ。　

実質は、ウイルスを体内で保持し続けている。
完全なる抗体を作ることはできなかったのだ。



「しっかりしろって！気絶すんな！」

「ごめん…私置いて、逃げてもいいから…」

「ンなふざけたこと言ってんなよ…！ぜってーしねぇからな！」



迷いなきラビの言葉に、絶望的な状況であるのに笑みが浮かんでしまう。
素直に嬉しさを感じて。

しかしどうやら傷付き体力も落ちた体は、限界だったらしい。



「南って…！おい！」



ラビの声が遠くなる。
歪む視界は何も捉えられない。

ラビの手に支えられたまま、南は力無く瞳を閉じた。



「南！！！」



最後に聞こえた名を呼ぶ声は、果たして誰のものだったのか。