第52章 ハート
不思議な感覚だった。
視線が高くなり、なにもかもが小さく見える。
倒れた木々も、大切な仲間も、圧倒的実力差の副官も。
ずっと、早く大人になりたいと願っていた。
子供と呼ばれる時期の大切さも知っている。
だけど、無条件で守られる幼年期より、一端の男として戦えるような大人になりたい。
階級の低い海兵だけでなく、仲間を苦しめる強敵を倒したい。
燃え盛る倒木に押し潰され、為す術なく死する瞬間を待つしかなかったコハクがとった行動。
それは、いつかモモが飲んだ怪しげな秘薬に運命を託すことだった。
秘薬の持ち主、サクヤは言った。
『これを飲むと、十数年肉体が若返るそうじゃ。……いや、十数年、歳をとるんだったかの?』
まったく真逆な効果。
胡散臭いと思いながらも、実際に口にしたモモは本当に若返り、コハクと同じ年頃の子供へと姿を変えた。
現在6歳であるコハクが秘薬を飲めば、若返るどころか存在そのものが消えてしまう。
だけど、このまま焼け死ぬよりはずっといい。
覚悟を決めて秘薬を飲み込むと、変化はすぐに現れた。
骨が軋み、肉が腫れあがるような痛みに呻いた。
このまま身体が膨らんで爆発してしまうのではないか……そんな錯覚すら覚えるほど。
苦痛を伴いながらも、コハクが得た変化はとてつもなく大きかった。
痛みが止んだ時、世界が変わっていたのだ。
「今度は、負けねぇ……。」
モモを子供へと変貌させた奇跡の秘薬は、コハクを大人へと成長させた。
凍てつく島には鏡などありはしないので、己の姿はわからない。
だが、目に映る手足が、扱いやすくなった愛刀が、コハクの身に起きた奇跡を教えてくれる。
これでやっと……。
「今度は、だと?」
訝しむ副官には、コハクの正体がわからなのだろう。
でも、そんなことはどうでもいい。
どんな姿であっても、仲間たちだけはわかってくれる。
「これでやっと、みんなを守れる……!」
妖刀 鬼丸を構え、鋭い切っ先を副官に向けた。
今度こそ、絶対に負けない。