第52章 ハート
コハクがサクヤから譲り受けた刀は、ローの鬼哭とは違って大太刀ではない。
とはいえ、刀長は約60㎝。
子供のコハクにとって、いかに扱いづらいものであるか、想像するに容易い。
しかし逆に言えば、大人の姿へと変貌したコハクにとっては、驚愕するほど使い勝手が良くなったということ。
年齢と体格のハンデを無くした今のコハクは、まさに水を得た魚。
一太刀振るうのに苦労していたことが嘘のようだ。
まるで己の手足のように、滑らかな剣技を繰り出すことができる。
「ぐ……ッ、貴様……何者だッ!」
一度は剣を交えたはずの副官も、剣技の上達ぶりが凄まじくてコハクの正体に気づけやしない。
「まさか……、トラファルガー・ローのクローンというのは、何人もいるのか!?」
「クローン?」
なにを言っているのだろうと首を傾げ、それから苦し紛れに吐いた自分の嘘を思い出した。
あんな嘘、本当に信じるとは思わなかった。
クローンだなんて、ローもコハクも興味はない。
自分と同じ細胞の塊を造り出したとて、そこに感動も愛情もありはしないから。
肉体が成長し、姿かたちがローに近づいても、カリスマ性を備えた雄姿に近づけるわけではない。
父親の背中というものは、得てして広く遠いものだ。
それでも近づきたい。
強くそう思うことこそ、真の父子の姿。
「お前を、倒す。」
格上すぎる、高い壁。
だが、それを越えていかねば、いつまでたっても追いつけやしない。
「ふざけたことをぬかすな!」
幾度となく交わった剣を手に、副官が猛然と突っ込んでくる。
その姿を目にしながら、コハクは静かに太刀を構えた。
コハクには、オペオペの実の能力は使えない。
だから、ローが使う技の大半は真似できないものだ。
でも、ひとつだけ。
ローから譲り受けた技がある。
心を研ぎ澄まし、突進してくる副官へ狙いをさだめた。
今でなければ使えない技。
今だからこそ使える技。
“インジェクションショット”
副官との間合いを一気に詰め、鋭い切っ先が注射針のように相手の胸を撃ち抜いた。