第52章 ハート
「は……?」
ぽろりと零した言葉に、シャチもペンギンも目を剥いた。
「ベポ、お前……なに言って……?」
2人の反応は当然のこと。
口にした当のベポだって、己の言葉に戸惑った。
「あれ? おれ、なに言ってんだろ……。」
つぶらな瞳を瞬かせ、何度も何度も男を見つめた。
けれど、幾度見つめ直しても、彼の姿がコハクに見える。
大きく精悍な身体も、鍛え上げられた筋肉も、どれをとってもコハクとは似つかない。
それなのに……。
「コハク? コハクなんだろ?」
動かぬ身体に鞭を打ち、姿を変えた親友へと手を伸ばす。
血を流しながら這いずる白クマを視界に捉え、ローによく似たその人が、初めて口を開く。
「……よせよ、ベポ。死んじまうぞ。」
肯定するでも否定するでもなく、ただ仲間を案じる。
それこそが、彼が彼である証拠。
「コハク……!」
痛みも疲れも、なにもかもが吹き飛び、熱い涙を流した。
「嘘だろ、コハク……?」
信じがたい光景を前に、シャチもペンギンも言葉を失う。
セイレーンの能力を継がぬ、モモの息子。
彼は出会った当時から、なんの因果かローにとてもよく似ていた。
本人たちは否定するが、まるでドッペルゲンガーの如く酷似した面差し。
これだけ似ているのなら、彼が成長したらどれほどローに近づくのか。
仲間内で笑い話にしたことはあったにしろ、まさか現実のものになろうとは。
「でも、なんで……。」
我らの愛する少年は、まだ十にも満たない子供。
それがどうして、これほどまでに逞しく成長しているのだ。
頭では信じられなくても、彼に向かって剣を振り下ろす副官を目にすると、咄嗟に叫んでいた。
「危ねぇッ、コハク!」
ガキィン……ッ
隙のない構えで、鋭い一撃を難なく防ぐ。
安堵の息を吐くと共に、心はすでに彼をコハクと認めている。
「く……ッ」
血で染まった積雪の上で手を伸ばすと、ペンギンの指先になにか硬いものが触れた。
「これ…は……。」
冷たく滑らかな感触。
思わず掴んで引き寄せると、手のひらに収まるサイズの小瓶。
どこかで見た覚えがある。
そうだ、この瓶は……。