第52章 ハート
風前の灯火かと思われたハートの海賊団のもとに現れた、船長 トラファルガー・ロー。
ペンギンたちの喜びもさることながら、副官の動揺はそれ以上のものだった。
「貴様、不死身か……ッ」
恐怖すら抱きながら、今度こそ仕留めるために険を振り下ろす。
キン、ギィン……ッ
何度か刃を交えた時、ふと違和感に気がつく。
(剣筋が……違う……?)
実際に戦ったことがある副官だからこそ気づけた違和感。
ローが振るう剣はよく似ているが、先ほどまでとはなにかが違う。
剣筋とは使い手の癖でもあり、変えようと思ってもそう簡単に変えられるものではない。
一見すると気づかないほどの変化。
まるで、教えとする基礎が同じ……師弟のような剣筋。
(刀が違うからか……?)
始めから気づいていたことだが、ローが持つ刀はいつの間にか変わっていた。
彼は身の丈ほどもある長刀 鬼哭を愛用しているが、今 手に持っているのはまったく違う刀だ。
サカズキとの戦いで、失くしてしまったのだろうか。
ローに対する違和感は、副官だけでなく仲間たちも感じていた。
「あれ、キャプテン……?」
熱望していた船長の登場に興奮していたため、さっきは気づくことができなかったが、目の前で戦うローには、明らかに違う点がある。
激闘のせいか、ぼろぼろになった衣服。
ほとんど裸に近い上半身には、あるはずのものが……ない。
「船長、タトゥーはどうしたんッスか……!?」
ローの身体には、いくつものタトゥーが刻まれている。
指、手、腕、胸、背中。
タトゥーのひとつひとつにローの信念がこもっており、彼が生きた証でもある。
そのタトゥーが、ひとつ残らず消えていた。
導き出される答えは、ただひとつ。
「船長じゃ、ない……?」
そういえば、ローは……いや、ローだと思われたその男は、一度もオペオペの能力を使っていないのだ。
それこそが、彼がトラファルガー・ローでない証拠。
「お前、誰だ……!? キャプテンのフリをして、どういうつもりだッ!」
別人だと確信したとたん、喜びは怒りへと変わる。
「……。」
ちらり、と男がベポを振り返る。
目が合った瞬間、言いようもない安堵感がベポの心を占めた。
この人を、知っている。
敵じゃない。
ローの姿をしたこの人は……。
「――コハク?」