第2章 “エース”を連れ戻せ
* * *
――――――ガラガラガラ
重い得点ボードを後ろ向きに引き摺る。顔だけは背後へ向け、周囲へ注意を払う。だが、内心は他の事へ気が散漫していた。コートの反対側に鎮座する体育館の扉を見詰める。不意にグンと反対側から力が加わる感覚が襲った。驚いて顔を戻すと、鋭い瞳が私を見ていた。
「影山さん・・・・・」
「手伝う」
「あ、ありがとうございます・・・」
突然の申し出に面食らうが、とても助かるので厚意に甘える。再び顔を背後へ向ける。ネットの横へと着くと、得点ボードを止める。手にしていたちまりとしたチョークを握り直すと、近付いて来た影山さんに声を掛ける。
「すみません、手伝ってもらって。もう大丈夫で、え?」
スッと影山さんが掌を差し出して来た。うわ綺麗な手。ってそうじゃねぇだろ私。彼の意図が分からず、恐る恐る疑問を口にする。
「あ、あの・・・・?どうか、しましたか?」
「チョーク、貸せ。書くんだろ」
「あ・・・あ、ありがとうございます・・・・」
得点ボードに設けられたチーム名を書き込む小黒板に、自分も書くと伝えたかったらしい。しかし素直に口に出し辛かったのか眉根を寄せ、唇を尖らせて不機嫌そうに答えた。そんな顔しなくても馬鹿にしたりしないのに。
「えっと、じゃあ、右の小黒板に『烏野高校』って書いてください」
「分かった」
そして私は町内会チームだな。チームって入れなくても良いかなと頭の中で処理し、チョークを黒板に押し付けた時、隣から静かな声が投げられる。
「東峰さん、気になるのか?」
「えっ?」
チョークを持つ手が停止する。彼を見ると、涼しい顔で手を動かしている。私の視線に気付くと緩やかにこちらを見る。
「さっきボード運んでる時、体育館の扉見てたから。そう思った」
「あ、当たってます・・・・・」
初めて同級生の人をメンタリストみたいって思った。影山さんは再び黒板に向かい、白い文字を並べていく。不意にピタリとその手が止まる。影山さんの薄い唇がゆっくりと動く。