第3章 「動き出す歯車」
男は“影”が何者であり、どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか、理由がわからずにいた。
一番可能性が高いのは“仕事”に関してだ。
確かに男の行っている仕事は危険が伴うし、敵を作る可能性も大いに有り得る。
しかし、その“敵”は警察や暴力団、あるいは“仕事のターゲットである不法入国者や家出してきた子供”である。
如何(いか)なる取っ掛かりでも構わないとばかりに、男は思い付く限りの卑屈な態度で声を絞り出す。
「ちょっ……人違いです、俺は何もしてません許してください。ごめんなさいごめんなさい」
突然ヤクザに銃を突きつけられたかのように、ただ謝り続ける男に対し、“影”は無言のままで立ち続ける。
何かを探すように首を左右に振ったかと思うと──急に男に背を向け、駐車場の中にある一台のワゴンに向けて歩き始めた。
そのワゴンの後部座席の窓には黒い硝子(がらす)がはめ込まれており、外側から内部の様子が窺(うかが)い知れないようになっている。
“影”は、まるでその黒い鏡面の奥を見透かすかのように何かの確信を持った足取りでワゴン車へと近づいていく。
それは、まさしく男が“仕事”に使う車だった。
焦った男は自らの所有する一台のオープンカーを目にし、急いで車の許へ駆けていく。