第3章 「動き出す歯車」
“それ”はただひたすらに黒く動く、どこまでも深い闇。
周囲の光を全て吸い取り、まるで生き物のように蠢(うごめ)く。
その黒いうねりが造り上げたものは、この日本の近代的な街の中で、恐ろしいほどに歪な存在だった。
しかしライダースーツの“影”が持った途端に、それは奇妙な違和感と共に周囲の風景に馴染(なじ)んでいく。
“影”の手の中に現れた物は、夜の中になおも暗く沈みこみ、見るもの全てに圧倒的な“死”を連想させる。
──それは、“影”自身の身体と匹敵するほどの──巨大な“諸刃”の鎌だった。
* * *
──甘楽(かんら)さんが入室されました──
《落ちてたよー。っていうか何か今日は接続悪いからそろそろ寝ますー》
[おやすー]
(お休みなさーい)
【話の続きは? ドタチンって……】
《今度話しますよー。ふふ、最後に一つだけ》
* * *
そして──男はいよいよ追い詰められていた。
立体駐車場の中で、既に逃げ場はない。
先程の少女は“影”の後ろにおり、彼女を人質にとる前に先手を打たれる可能性の方が高い。
あの後リーダーがどうなったのかはわからない。
先程見えたあの巨大な鎌の姿は見当たらず、やはりあの光景は幻だったのではないかという思いが男の中でよぎる。
男の首筋に強烈な蹴りが叩き込まれ、何かが千切れたような音がしたが、どうやら骨に異常はないようだ。
だか──首の付け根辺りから、まるで極度の肩こりを一箇所に集中させたような痛みが彼を襲う。
しかし、今の男にとってそんな事は些事(さじ)に過ぎない。
「あの、ちょっと待って、ください……。ちょ……ちょっと待ってくださいよ」
今まで静寂に包まれていた空間に、彼の負け犬が用いるような敬語が響いた。