第3章 その娘、王族にて政略結婚を為す
莉蘭が淹れ終わった湯呑みを手渡すと、紅炎は此方を見てにたりと笑っていた。
それはあった時の無に近い表情でも、父と話していた時の表情でもない、初めて見たものだった。
______まるで獲物を見つけた獣______
莉蘭は肌が粟立つのを感じた。
「何か、私の顔に着いてますか。」
「いや、面白い奴だと思ってな。初め見た時は今までと同じ様に思えたが、如何やら違う様だ。」
紅炎は湯呑みを置いて立ち上がると莉蘭の近くまで歩いて来る。
そして顎に手を添えると無理矢理上を向かせた。
条件反射で思わず手が出そうになり、寸前で止める。
手は出さなかったが、目付きが鋭くなっているのを莉蘭は自覚していた。
その反応を見ていた紅炎は特に意に介した様子も無く、面白そうににやりと笑う。
そして「少し興味が湧いた」と呟くと、顔を近ずけ始めた。
紅炎の意図を察した莉蘭は咄嗟に顔を逸らす。
しまったと思った時には既に遅く、莉蘭は弱々しく「すみません…」と謝った。
然し紅炎は気にした風も無くふっと鼻で笑う。
莉蘭からしてみれば、紅炎の一連の動作は遊んでいるとしか思えなかった。
それが苛立ちに拍車をかける。
「震えているのか。俺が怖いか。」
紅炎の言った通り、莉蘭の体は小さく震えていた。
それは怒りと羞恥、そしてこれから起こる事への恐怖からくるものだった。
然しそれを肯定する訳にもいかず、かと言って震える体はどうすることも出来ない。
莉蘭は小さく「いいえ」と呟くのが精一杯だった。
「ほう、俺相手に嘘を吐くか。」
「っ、決して、その様な事は…」
「ならば、何故震えている。」
そう言って紅炎は莉蘭の腕を掴む。
「震えてなど、おりません。」
莉蘭が目を見てはっきりと言い切ると、紅炎はまた面白そうに笑った。
見え透いた嘘でも今出来る精一杯の抵抗だった。
それすらも理解した上で、この人は自分を使って遊んでいるのだ。
そう思えた莉蘭の我慢は終に限界を超えた。
紅炎を突き放すと「私は未だ貴方の妻ではない」と言い放つ。
その瞳は真っ直ぐに紅炎を捉えていた。