第1章 一触即発【カネキ(白)/東京喰種】
「勝手だよ」
私の背に降り掛かってきて、引き留める様に耳に響いたその声。切なげとも取れるし、不機嫌そうとも取れる不思議な声。何さ何さ、今更引き留めようったってそうはいかない。
強情な私は、そのまま玄関まで歩いて行った。
私の足音とは別に、足音がまた後ろから聞こえる。
帰らせようとしたり引き留めようとしたり忙しい。そんな優柔不断なところがムカつく。腹立つ。
あからさまに怒りを表す私と、なんだか複雑そうにするカネキ。対照的に見えて、どちらも同じ位置から見ると私のほうが圧倒的に滑稽だった。
もういいや、こんなところにいる必要なんか無い。
ノブにかけた手が、ぐっと掴まれた。
「本当に、勝手だ」
え、嘘。
小さく漏らした声は全部秋の少し冷えた空気の中に溶け込んで行った。
今私は、恐らく、抱きしめられている。衝撃と恥ずかしさ、謎の悔しさで怒りは何処かへと吹き飛ばされた。我ながら情緒不安定だとは思う。
抱きしめられる前、視界がぐるりと回る前。カネキが見せた切なそうな表情は、幻のようで本物。ヤツは、カネキは、一体何を考えてこんなこと───
「ヨミ」
「…ッ…!?」
「全部君が悪いんだから」
責任なんかとらないよ。
耳元から伝わる吐息と囁き。そして、甘い電流。あっという間に痺れ切った体内に、加速しっぱなしの鼓動がうるさく鳴り響く。恐らく密着しているからカネキにも聞こえてしまっている。
恥ずかしい。身勝手なのはどっちだよバカヤロー!なんて内心叫び声を上げつつ、カネキの言動の意味を考える。
全部私が悪い? それじゃあカネキに私が何かをしたみたいじゃないか。私は何もしていないのに理不尽である。理不尽極まりない。
疑問符だけが増え続ける脳内に、またあの電流がびりりと流れた。
「せっかく我慢してたのに、急に家に来ちゃうから耐えられなくなっちゃった」
思考回路はショート寸前。こんなことなら本当にここに来ないで月山となんかしてればよかった。
ただの知り合いから、そういう関係に位が上がってしまった瞬間だった。