第3章 初めては全部
我ながら軽い足取り、雨を降らせる曇天も今は全く気にならない
スリッパの音を響かせながら、誰も居ない廊下を肩を並べて歩く
「さっきの聞きました?啓悟くん、って!」
「・・聞こえませんでしたが」
「拗ねないで下さいよ、なおちゃん」
高級茶葉に感謝っすわ、にやりと口角を上げると思い切り顔を顰めた塚内さんが手早くコートを広げて、傘立てに手を伸ばした
「・・それにしても」
「はい?」
「イレイザーがまさか、」
言いかけた塚内さんが苦しげに口を噤んで
その先は俺と同じ言葉を思い出しているのだろう、黒い傘に伸ばしかけた手がぴたりと止まっている
———あいつの初めては、全部俺だよ
「・・塚内さん、その話はやめましょ」
思い出すだけで俺発狂しそうなんす、胸に渦巻くどす黒い感情を笑顔で封じ込める
傘を握る俺の手を凝視した塚内さんがふっと眉を下げた
「はは、君は器用だな」
「でしょう?」
小さく笑みを溢した塚内さんが傘の柄に触れる、後の続かない会話がやけに居心地悪くて
先に発進する彼の車を視線で追いながら、俺はフロントガラスのワイパーを何度も何度も滑らせて雨粒を消し続ける
「・・めぐさんの啓悟くんは、此処ですよ」
情けなく呟くと目の前を横切った幾つかの傘、色とりどりのそれに見た事のない制服姿を思い浮かべる
「・・可愛かったでしょうね」
傘を忘れたのか、鞄で雨を凌ぎながら全速力で自転車を漕ぐ男子生徒がその直後に続いて行った
「イレイザーもさぞ、」
ああ吐き気がする、遠い日の二人に重なったその画に項垂れると革のシートが冷たく体を受け止めて
その頃の自分を思い返して、思い出したくもなくて、俺は視線を落とす
———相澤くんも可愛いところあるよ
———長く一緒にいるとね、わかるようになるの
手を繋いだのも、腕を組んだのも、見上げて口付けたのも、それだけじゃない、その先も
彼女の初めては、全部
「・・あの程度の落胆で終われる貴方の方が」
俺よりよっぽど器用ですよ、すでに空車になったその場所を睨みながら外したシートベルト、
当分発進できる気がしない俺は思い切りシートを倒した