第1章 この顔も欲しいです
チャイムの音とともに廊下に溢れる賑やかな声、
午前分の日誌を書き終えた私はゆっくりと伸びをする
数日ぶりに気持ちよく晴れた空には雲ひとつなくて、窓を開けると金木犀の甘い香りが漂った
「薬師先生ー!」
音を立てて開いた引き戸、差し込んだ日差しがその金色の髪を照らして
しゃかしゃかと音を立てたビニールが彼の手に揺れている
「ふふ、今日はどうしたの?」
「先生の顔見に来ました!」
当たり前のように腰掛けた目の前の丸椅子、取り出した紙パックにストローを通す音がする
読み返していた日誌から目線を上げると、彼がはにかみながら菓子パンを頬張った
「それだけなら教室に戻ってね、上鳴くん」
「えぇー冷たい!電気くん泣いちゃう!」
「休憩所じゃないんだからね?」
相澤先生に言い付けちゃお、そう付け足すと彼の肩がびくりと震えて私は思わず吹き出した
「でも、卒業したら良いんすよね?」
「なにが?」
「メシですよメーシ!卒業したら考えてくれるって!」
こないだ言ってたじゃないすか、思い切り口を尖らせた上鳴くんが睨みつけて私はまた笑いを溢す
「言ったっけ、そんなこと」
「そりゃないよ先生ぇ!可愛いから許すけどぉ!」
卒業まであと一年切ったかんね!?、
机に顎を乗せた彼が恨めしそうに私を見上げて、透明のストローを通った乳白色が尖った口に吸い込まれていく
「無事に卒業できるといいがな」
「ひっ」
い、いつから居たんすか・・!、弾けるように背筋を伸ばした上鳴くんの額に汗が流れる
一、二年生の時の担任なのになぁ、逃げるように去っていくその背中を哀れに思いながら、変わらず恐れられている相澤くんを見上げた
「本当変わらないよね、大丈夫かな」
「お前が甘すぎるんだ」
苦い顔をした相澤くんは私のデスクに書類を置くと大きな溜息をついて
そんな彼の表情を見分ける事ができる、それは私のちょっとした自慢だったりもする
「上鳴が可愛くてしょうがない、って顔してる」
「してない」
「ふふ、絶対してる」
「してない」
思い切り顔を顰めた相澤くんが両手をポケットに突っ込んで、不機嫌そうに突き出された下唇が可愛くて思わず笑ってしまう
紅茶でも飲む?、立ち上がり食器棚へ手を伸ばすと同時に、入り口の扉が音を立てて開いた