第2章 流し込んで消して
両手で支えられたペーパーカップ、細い指先を温めているそれはまだ一度も口が付けられていない
高速を走る車内、時折見せる彼女の穏やかな表情が俺を落ち着かなくさせた
「防弾タクシーの乗り心地はどうです?」
「ふふ!」
「久々のご利用、ありがとうございます」
ちらりと見遣ると彼女はまた穏やかな表情でカップに視線を落としている
彩られた爪の先がきらりと光って、俺は前を見据えたまま奥歯を噛み締めた
「今日みたいな日は、呼んで下さい」
「だめだめ、目良さんに怒られちゃうもん」
「そんな事させませんよ」
過ぎていく街灯が彼女の横顔を照らしている、流れる景色にふと上げられる視線、時折俺を気遣うようにかけられる言葉、雰囲気を作るBGMすら必要ない二人だけの時間
「塚内さん、そろそろ着いたかな」
お家確かこの辺だって言ってたから、そう呟いた彼女が窓の外に目を遣ると街の明かりがその瞳に幾つもの光を映して
危なかった、
もう少し遅かったら、もう少し遠慮していたら、
彼女はあの人の車に乗っていたはずだ
———来週までに、お店選びお願いします
想いのままに見つめる真っ直ぐな目、俺が現れてもなお、腹を括ったように遠慮の無い言葉を選んでいた
どれも俺の知る彼の振舞いからは程遠くて、安堵と嫉妬が腹の底で混じっていく
抑えきれない激情が理性の壁を激しく叩くのを感じて
「・・飲まないんですか」
「ん?」
「コーヒー、要りませんでした?」
彼女の手元に視線を落とすと、ふっと思い出したように浮かんだ笑み、口元が優しく弧を描いた
「・・少しお腹いっぱいで」
「飲むとすっきりしますよ」
「そうだね、うん」
あの人と食べた物なんてもう忘れて下さい、そんな余韻に浸らんで下さい、貴女の身体を満たしているそれを全部
そのコーヒーを流し込んで、消して下さい
「うん、おいしい」
「めぐさんと一緒だと、格別です」
たまにはブラックも良いでしょう?
ハンドルを握る手に力が入る、差し込まれた鍵にはジーニストさんが揺れて
高速の出口が近付いていることを示す標識、果てしなく重く感じるウインカーを出した俺は、熱いコーヒーを流し込んで車を左車線に寄せた