第16章 雄英文化祭編
「赤ちゃん、重くない?」
「……だいじょうぶ」
「そう?でも、疲れたら遠慮なく教えてね。私が抱っこすることもできるから」
その瞬間。
男の子は、はっとしたように顔を上げた。
そして、赤ん坊を抱える腕に、きゅっと力を込めた。
「……だめ」
「え?」
「……おれが抱っこする」
その声には、幼いながらも譲れない強い意志があった。
おもちは少し驚いたあと、ふっと微笑んだ。
「そっか。大切な妹ちゃんなのね」
男の子は答えなかった。
ただ、赤ん坊を見下ろす目が、ほんの少しだけ優しくなった。
赤ん坊は彼の胸元で小さく身じろぎし、青い瞳を細めた。
まるで、兄の腕の中が一番安心できる場所だと知っているかのように。
その姿を見て、おもちの胸に、温かなものが込み上げた。
「……ふふ。仲良しなのね」
何気なく口にした言葉だった。
けれど、五歳ほどの男の子は、今度こそはっきりと彼女を見上げた。
その赤い瞳が、わずかに揺れる。
そして、小さな唇が、何かを言いかけた。
「……ママは」
「うん?」
「……ママは、きっと迎えに来るよね?」
その問いかけは、先ほどまでの落ち着いた声とは違っていた。
まだ五歳の子ども。
どれだけしっかりしていても、弟たちと妹を守ろうとしていても、母親とはぐれたことが不安でないはずがない。
おもちは足を止め、彼の頭にそっと手を置いた。
「ええ。きっとね」
そして、目を合わせて、優しく微笑んだ。
「だから、それまで私たちと一緒にいましょう。お母さんが見つかるまで、ちゃんとそばにいるから」
男の子は、じっと彼女を見つめていた。
やがて、こくりと頷く。
「……うん」
その小さな返事を聞いて、おもちは再び歩き出した。
隣では、エリが三人の子どもたちに興味津々な様子で話しかけている。
「ねえ、赤ちゃんのお名前は?」
「……言えない」
「そっかあ。じゃあ、君の好きな食べ物は?」
「……それも、言えない」
「ええっ、そうなの?」
エリが困ったように首を傾げる。
双子は互いに顔を見合わせ、なぜか少しだけ笑いそうになっていた。
そんな彼らを見て、おもちも小さく笑った。