第6章 歪を彩る
夜が深まりきる前の静かな刻を、成恢は邸宅の私室で過ごしていた。
常ならば、地下に構えた研究用の作業部屋に籠りきり、毒の調合や精製に没頭している時間帯でもある。
しばしば、そちらで夜を徹することもあった。
だが、今宵は試薬の工程が想定していたよりも順調に進み、区切りをつける拍子が思いのほか早く訪れたのだ。
研究に専念していれば、自ずと昼夜の境は曖昧になる。
したがって生活の規則も意図せず乱れがちになるものだが……今夜ばかりは、ここ最近では珍しいほど早い時刻に身を落ち着けることが出来た。
身体に纏わりついた薬草の匂いや粉末を湯で洗い流し、夕餉を腹に収めた成恢は、漆塗りの低座に腰を下ろす。
憑几に深く身体を預け、長く息を吐いた。
木窓からそっと吹き込む夜風が、成恢の身を包む薄衣の袖を淡く揺らす。
室内には、地下の研究室から微かに上がってくる薬臭を和らげるため、各所に青銅製の香炉が配置されている。
毒性を和らげる効能を持つとされる異国の香草を織り交ぜた沈香が燻り、ふわりと立ち上る煙が薄明かりを灯す部屋の中を甘やかに漂っていた。
涼やかな虫の鳴き声が室内に響く中、成恢は少しばかり目を伏せた。
忙しなく過ぎ去るどころか、いくらあっても足りないとさえ思っている時間が、今夜に限ってひどく緩やかに流れていくことを感じる。
燈台の火がくねり、ゆらゆらと影を揺らしている光景を何を思うでもなくただ眺めているだけというのに、この曖昧でいて無意味な瞬間にすら安堵が見出されてしまいそうで――。
どうやら己が思っていた以上に疲労が溜まっていたらしい。
澄んだ静寂の中に在る手持ち無沙汰な感覚が、どうにも心地良いもののように思えてくる。
先だっての戦を終えてからも、ほとんど休む間もなく毒の研究に身を費やしていた成恢にとって、今宵は久しく味わう寛ぎのひと時であった。
「…………」
しばらく憩いの時に身を浸していた成恢は、一度ちらりと部屋の戸を仰ぎ見た。
ほんの短い間、じっとそこを見つめていたが、やがて視線を外すと卓上に積まれた書簡の一束に手を伸ばす。