• 小
  • 中
  • 大
  • テキストサイズ

死毒に彩なす

第5章 指先の証―シキ視点―



「いいなぁ」と言ったことだって、深い意味などなく、つい口をついて出ただけだ。
自分でもよくわからない感覚を、たまたまそういう言葉で表現しただけに過ぎない。

成恢が先程のシキの声に何の感情も乗っていないように感じたのも、シキの中に羨望の熱がなかったからだろう。

けれども、それを見抜かれたことが――見抜いてくれたことが、なんだか擽ったく感じられた。

羨ましいことなんて何もない。
自分が普通じゃなくたって構わない。
自分が生きている実感なんて、あってもなくても別にどっちでもいいものだ。

「でもね、成恢さま」

シキは平然としながら、どこか満ち足りたような色合いを浮かべた眼を細めた。

「私、成恢さまが"生きてる"っていうことがわかるのは、よかったって思うんですよ。――――"これ"が、アナタがちゃんと生きてるっていう証の一つなら、触れられて嬉しい」

再び伸ばされた指先が、成恢のこめかみを撫でるように触れる。

指先がほんのりと湿る、この感触。
黒々と浮き出た血管が当たって、柔く凹凸する青紫の肌に滑りゆく汗と指。

自分の指先を透明に彩る、この雫があたたかいのか、それとも冷たいのかも、よくわからないけれど――彼が、今もこうして生きているという事実に結び付く証拠を大切にしたいと思った。
消したくない、とも思った。


これはきっと、とても綺麗なものだから。


「…………やめよ」

成恢は少しの間を置いた後、最初よりも弱い力でシキの手を払い除けた。
シキもあっさりと手を下ろす。

「下らんことを言っておらんで、備えよ。そのようにぼうっとしておると、戦場で真っ先に首を落とされるぞ」
「はーい、成恢さま。どこまでもお供しますよー」

成恢を守ってのことならば、自分の首が落ちることになっても構わなかったが、今は敵のそれを落とすことを目的としなければなるまい。

こちらに背を向け、兜の緒を締める成恢の背後で、シキは成恢に触れていた自分の指先をまじまじと見つめていた。
そうして、もう片方の手で指先をぎゅ、との前で握り締める。

――――生涯感じることも、理解することも出来やしないのに。

それなのに成恢が纏っていた"熱"の感覚が、この指先から消えることを――なんとなく惜しいと思ってしまった。

/ 57ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp