第6章 『変数る』
「…………」
星宮がフルートを演奏している中、
湯川は本から目を上げた。
今日は確かに調子がいい。
しかしそれよりも、
先ほどの質問が気になった。
──彼女いるんですか?
何故、彼女はそんなことを聞いた。
「…………」
理由はいくつか考えられる。
単純な好奇心、友人としての会話、
学内での噂を聞いたため。
あるいは──。
「…………」
そこで、湯川は思考を止めた。
フルートの音が響く。
今日は随分と明るい音だ。
「……実に興味深い」
呟く。
すると演奏が止まった。
「聞こえてますよ!!」
「聞こえるように言った」
「人の演奏で勝手に研究始めないでください!!」
「研究ではない」
「じゃあ何ですか!!」
「…………」
答えようとして止まる。
何だろうか。
自分でも、適切な言葉が見つからない。
「先生?」
「……何でもない」
「先生がそれ言うの珍しいですね」
「ああ」
彼女が笑う。
そして再びフルートを構えた。
湯川はその横顔を見る。
数秒し、やがて視線を本へ戻した。
分からないことが増えた。
彼女が何故あの質問をしたのか。
あの男子学生が、彼女とどういう関係なのか。
そして、
何故自分が、それを知ろうとしているのか。
「…………」
変数が増えただけだ。
そう考えればいい。
観測を続ければいずれ説明はつく。
湯川はページをめくった。
隣では、星宮君のフルートが鳴っている。
その音を聞きながら湯川はまだ、
最後に残った変数だけを式に入れていなかった。
──自分自身を。