第5章 『識別る』
その日の夜、
湯川は第十三研究室に一人でいた。
先日のオーケストラの演奏を思い出す。
多数の楽器、多数の奏者、複雑に重なる音。
その中から、
星宮君の音を識別した。
「…………」
なぜ分かったのか。
説明はできる。
アタック、息の使い方、
音色、フレージング、テンポの微細な揺れ。
何度も聞いていれば、
個体差を学習することは可能だ。
理論上、何も不思議ではない。
「…………」
しかし、一つだけ説明できないことがあった。
何故、無数の音が鳴った瞬間、
自分は、星宮君のフルートを探したのか。
「…………」
湯川はペンを置いた。
──数秒、考える。
「……興味の対象だからだ」
結論を出す。
合理的だ。
彼女の演奏は以前から観測している。
変化を継続的に確認することは、不自然ではない。
「…………」
問題ない。
そう判断し、再びペンを取った。
しかしその日、
彼がノートの余白に無意識に書いた言葉は、
数式でも、物理学の用語でもなかった。
──識別可能。
その四文字を見て、湯川は眉を寄せた。
そして、
一本の線で消した。