第4章 『交差る』
人間というのは、実に単純だと思う。
一度誰かに言われてしまうと、
それまで気にも留めていなかったことが、
急に気になり始める。
「…………」
「何だ?」
「いえ」
私は慌てて視線を逸らした。
火曜日、午後三時過ぎ。
いつもの練習場所、いつもの白衣、いつもの湯川先生。
何も変わっていない。
変わっていない、はずなのに。
『あんたそれ、狙われてんじゃないの?』
数日前、友人に言われた言葉が妙に頭に残っている。
もちろん、そんなわけがない。
何度考えたってそう思う。
そもそも、あの人が私の練習場所に来るのだって、
本人曰く“たまたま”なのだ。
だから、別に、
意識する必要なんて、何もない。
「…………」
「星宮君」
「はい?」
「今ので四回目だ」
「何がですか?」
「君がこちらを見た回数」
「…………」
また数えてる……。
「数えないでくださいよ!!」
「視界に入る」
「先生って本当に何でも数えますね……」
「定量化できるものを定量化することの何が悪い?」
「悪いとは言ってませんけど」
私は譜面へ顔を戻した。
危ない危ない、もう見ない。
何なんだ………。
友人が変なことを言うから。
『湯川先生のこと、どう思ってんの?』
『顔いいと思わない?』
再び思い出す。
そして、考えなくてもいいことを考える。
……確かに、背は高い。
白衣も妙に似合っている。
それに——。
「…………」
視線だけを、ほんの少し横へ向ける。
整った横顔。
長い指が、本のページをめくる。
黙っていれば確かに、
一般的に言う“格好いい人”ではあるのだと思う。
多分、いや、かなり。
『同じところを十七回も吹き直していたな』
「……やっぱ変な人だよな」
「聞こえているが」
「っ!?」
——しまった。