第3章 『誤差る』
練習を終えた私は、楽器をケースへとしまう。
「じゃあ私、部活行きます」
「ああ」
「先生」
「何だ?」
「木曜日も来ますから」
そう、言ってから──
何でそんなことを報告したんだろうと思った。
湯川先生も、一瞬黙った。
「……そうか」
「はい」
「僕に報告する必要はないと思うが」
「ですよね」
なんだか急に恥ずかしくなった。
「忘れてください」
「分かった」
「そこは忘れないやつじゃないですか」
「忘れろと言ったのは君だろう」
「もういいです!!」
ケースを持って歩き出す。
後ろから笑い声は聞こえなかった。
でも、なんとなく、
少しだけ笑われているような気がした。
*
──木曜日。
午後二時四十分。
湯川は研究室の窓を開けた。
そして、机へと戻り論文を開いた。
数分後、
遠くから、フルートの音が聞こえ始めた。
「…………」
湯川は時計を見る。
午後二時四十七分。
──七分の誤差、許容範囲だ。
そう、判断して再び論文へと視線を落とした。
しかし、数分後。
ペンを持つ手が止まった。
『木曜日も来ますから』
あの言葉を思いだす。
「…………」
来ると知っていた。
だから、音が聞こえたことに何の意外性もない。
予測された事象が、予測通りに発生した。
ただ、それだけだ。
それだけなのに、何故。
その音を確認した瞬間、僅かに安心したのか。
「……誤差だな」
湯川は呟いた。
何に対する誤差なのか。
その答えを、
この時の彼は、まだ求めようとはしなかった。