第2章 『観測る』
人間というものは、不思議なもので。
一度その存在を認識すると、それまで気にも留めていなかったものが、急に目につくようになる。
たとえば──、
「あ」
理工学部棟の廊下を歩いていた私は、少し先に見覚えのある白衣を見つけて、思わず足を止めた。
背が高くて細身、片手には何枚かの書類、
一定の歩調で廊下を進んでいく、その後ろ姿。
──湯川先生だ。
そう認識した瞬間、
「…………」
私は咄嗟に廊下の角へ引っ込んだ。
──いや、何をしているんだ私は、
別に悪いことをしているわけじゃない。
そもそも、ここは大学の構内だ。
教授と学生が廊下ですれ違うことくらい、何も可笑しくない。
ただ、私は経済学部の学生で、ここは理工学部棟で、
そして私の手には今日もしっかりフルートケースがある。
「……絶対また何か言われる」
小さく呟いた。
──十七回。
先日の一件以来、あの数字が妙に頭から離れない。
自分でも数えていなかった吹きなおしの回数を、初対面の人間に言い当てられたのだ。
しかも、どうやら以前から私の練習を聞いていたらしい。
曜日、時間、演奏の癖、テンポ、吹きなおす回数、
普通に考えれば怖い。相当怖い。
──なのに、
「…………」
私は角から少しだけ顔を出した。
白衣の姿はもう廊下の先にはなかった。
「……何やってんだろ」
本当に、
別に、会ったっていいのに。