第6章 遠出
3月下旬。溶け残る雪を踏み締め、馬車はコズロフ領を出た。
「けっこう揺れますね」
「ええ。……気分が悪くなったらすぐに言ってください」
二日がかりで目指すのは、コズロフ領から山を一つ越えたところにあるジュラヴリョフ公爵領だった。
スヴェトザールとサプフィールは公爵が冬季の領地滞在を終えて王都へ戻る前の招待会に招かれていた。
「スヴェトザール様は、公爵様とはそれなりにお会いしてるんですか?」
「領主としての関わりで何度か。個人的な交流はないですね」
「そうなんですね。私は……社交界デビューのときにお見掛けして以来です。実際に話したことはないので……なんだか緊張します」
「ただ行って帰るだけです。気負うことはありません」
「はい……」
公爵家の邸宅に招かれ、伯爵夫人として失礼のないように振る舞い、格上の貴族たちと交流しなければならない。しかも泊まりがけで。
どう考えても行って帰るだけではない。サプフィールは既に戦々恐々としていた。
せっかくこの数日のほとんどをスヴェトザールと同じ空間で過ごせるのに、不安ばかりが頭を駆け巡ってしまい現状を喜べない。
サプフィールは窓の外の景色を眺めて少しでも気を紛らわせようと努力したが、あまり効果はなかった。
その日は道中の宿に泊まり、翌朝また公爵邸に向けて出発する。そうして日の暮れる少し前に、2人はジュラヴリョフ公爵の邸宅に到着した。
車寄せに着くと、公爵家の従僕たちが出てきて馬車の扉の前に踏み台を置く様子が見えた。
そして扉が開かれる。
「ようこそお越しくださいました、コズロフ伯爵様、伯爵夫人様」
「どうぞこちらへ。足元にお気をつけくださいませ」
スヴェトザールが先に降りて、いつものようにサプフィールに手を差し出す。その手を取り、見上げるように公爵邸へ目を向けながら、おそるおそる地面へ足を下ろした。
「……」
そびえ立つように並ぶ柱や、軒下の持ち送りの洗練された彫刻に見下ろされている。華やかで、それでいて石造りの壮麗さが際立つ重厚な建築だった。
西日に照らされる荘厳な屋敷を前にして、サプフィールは思わずコズロフ邸に帰りたくなった。