第7章 新たな道標
しばらく夜風だけが二人の間を通り過ぎる。
やがて斗亜がぽつりと口を開いた。
「悪ぃ…」
剣心は湯呑を口元へ運びながら穏やかに返す。
「何がでござる?」
「兄貴に…当たっちまった」
剣心は静かに首を振る。
「問題ないでござる」
また沈黙が落ちる。
庭木がさらりと揺れ、風が縁側を吹き抜けた。
斗亜は膝の上に置いた右手へ目を落とす。
さっきまで震えていた指先は、もう落ち着いていた。
けれど力は、まだ戻り切っていない。
「弥彦に…」
そこまで言って言葉が止まる。
続きを探すように唇を結ぶ。
剣心は何も促さなかった。
急かすことも、慰めることもせず、ただ隣で待っている。
その静けさが、斗亜にはありがたかった。
しばらくして、斗亜は視線を伏せたまま呟く。
「心配される側になっちまった」
乾いた笑みが漏れる。
自分を笑うしかないような笑いだった。
「情けねぇよ」
すると剣心が小さく笑った。
「成長したでござるな」
斗亜は思わず顔を上げる。
「は?」
剣心は相変わらず庭へ目を向けたままだ。
「弥彦が、でござる」
その一言で、斗亜は返す言葉を失った。
昼間の立ち合いが頭をよぎる。
自分を心配そうに見ていた弥彦の表情。
竹刀を止めたあと、声を掛けてきた姿。
唇を強く噛む。
「俺は…」
声が自然と低くなる。
「置いていかれてる」
その言葉は、自分でも初めて認めた本音だった。
剣心は静かに斗亜を見つめる。
「人には、それぞれ歩む速さがあるでござる」
「速くなきゃ意味ねぇ」
返事は迷いなく返ってきた。
「違うでござる」
剣心の声は穏やかだった。
だが揺るがない。
「守る剣は、届けばよい」
斗亜は眉を寄せる。
「届いてねぇから意味ねぇだろ」
「届いておる」
その一言に、斗亜の思考が止まる。
剣心は続けた。
「今日、弥彦の太刀を受けたでござろう」
「あぁ…」
「倒れなかった」
斗亜は息を呑む。