第27章 【幕間】神田/月影の楽園 前編
長い移動の末、ラシードへ辿り着いた頃には、空は夕暮れへ染まり始めていた。
乾いた熱風が、細かな砂を巻き上げていく。
遠くから聞こえる異国の音楽。
香辛料の濃い匂い。
風に揺れる、色鮮やかな布。
ラシードの街は、イギリス本部とはまるで別世界だった。
私は外套の裾を押さえながら、周囲を見回す。
市場には人が溢れている。
商人。
荷運びの男達。
旅人。
着飾った女達。
笑い声も怒鳴り声も、音楽も、すべてが熱気と共に混ざり合っていた。
その中で、喉の奥だけがずっと嫌な熱を帯びている。
「……落ち着かねぇ街だな」
隣で、神田が小さく舌打ちする。
「神田、こういう場所は苦手そう」
「うるせぇ」
私は思わず小さく笑う。
「でも、随分見られてるわよ」
「知るか」
確かに、神田は目立っていた。
異国の雑踏の中で、長い黒髪と整い過ぎた顔立ちは、嫌でも視線を集める。
けれど、それを本人へ言えば機嫌を損ねることは分かっているので、私はそれ以上口にしなかった。
その時。
遠くから、鈴の音が聞こえた。
しゃらり、と。
乾いた風へ溶ける、小さな音。