第26章 【第二十五話】終幕なき夜・後編
汽車がパリへ到着した頃には、空はすっかり夜へ沈んでいた。
石畳を濡らす雨上がりの光。
ガス灯の淡い灯り。
華やかな街並みの奥で、劇場だけが異様な熱を帯びている。
『終幕なき夜』
巨大な看板の下では、熱に浮かされたような観客達が列を作っていた。
笑っている。
期待している。
誰もが、愛しい人へ会いに行くかのような顔をしている。
私は劇場を見上げ、小さく息を吐いた。
喉の奥で、『ニルヴァーナ』が微かに脈打つ。
――嫌な気配。
汽車の中で感じていた違和感が、さらに濃くなっている。
魂を奪っているのではない。
けれど、生きている人間の心が、少しずつ死者の方へ引き寄せられている。
まるで、この劇場そのものが、喪失に付け込んで脈打っているみたいだった。
「……気色悪ぃ」
隣で、神田が小さく舌打ちする。
私はそちらを見ない。
けれど、神田もこの場所の異質さを感じ取っているのだと分かった。
トマが周囲を警戒しながら、小さく口を開く。
「協力者が、劇場近くの宿に部屋を確保してくれています。そこで衣装を整えてください。紹介状を使い、ティファさんには今夜の幕間で歌っていただきます」
「予定通りね」
「支配人は、話題性を重視する人物です。客の前で突然現れた美しい歌姫――その方が彼の趣味に合うと、協力者が」
「……本当に、趣味悪ぃな」
神田が吐き捨てる。
トマは静かに頷いた。
「同感です。私はスタッフ側から入り、舞台裏と観客席の避難経路を押さえます。現地のファインダー達も、既に客席周辺と裏口へ配置済みです。異変が起きた場合は、観客の誘導と支配人の拘束に回ります」
「分かったわ」
私が頷くと、トマは小さく会釈した。
「では、後ほど劇場内で」
それだけ言い残し、人混みへ静かに紛れていった。