第2章 【第一話】雪に残る歌
私の原点。
それは雪がすべての音を奪い去った、あの日の記憶だ。
世界から色も温度も削ぎ落としていくような、どこまでも白い雪景色。降り積もる雪は深く、幼い私の足を何度も取った。
それでも前を歩く母は立ち止まらなかった。いつもなら私が転びそうになるたびに手を引いて、「大丈夫よ」と笑ってくれるはずなのに。
あの日の母は何度も背後を振り返りながら、ただ私の手を強く握り締めていた。
「お母さん?」
問いかけても返事はない。冷たい風が母の長い髪を揺らす。その横顔は、降り積もる雪よりも白く見えた。
「ねぇ、どこへ行くの?」
ようやく母が振り返る。何かを言おうとした、その瞬間だった。
肉を裂くような鈍い音が響いた。
母の身体が、大きく揺れる。
繋いでいた手が、私の指先から滑り落ちた。
「え……?」
何が起きたのか、分からなかった。
母の胸元から、赤いものが溢れている。白い雪へ、ぽたり、ぽたりと落ちていく。
その背後に立っていたのは、人の形をした異形だった。
黒く鈍い身体。歪んだ顔。人間の口元を真似たような、ひどく不自然な笑み。
母を貫いた腕の先から、黒ずんだ血が滴っている。