第52章 【第四十七話】欲しかった言葉
戸惑いながらも、もう一度喉へ手を当てる。
「……ニルヴァーナ」
白銀の光が指先へ集まった。
今度こそ、と思った瞬間、輪郭が揺らいで消えた。
「……っ」
反射的にもう一度手を構えかけると、短い声が飛んできた。
「力みすぎだ」
「……え?」
顔を上げると、神田は私ではなく、私の手を見ていた。
「手」
言われて初めて気づいた。
指が白くなるほど、強く握り込まれている。
私はゆっくりと手を開いた。
「前は、そんなに力んでなかっただろ」
言葉が止まった。
そうだった。
誰かが傷つきそうになった時や、守りたいと思った時、意識するより先に力はもう手の中にあった。
「今のお前、出すことしか考えてねぇ」
胸を突かれた気がした。
――出さなきゃ。
今朝から、頭にあったのはそればかりだった。
分かったはずなのに、手はまた喉へ伸びる。
力を抜いたつもりで、もう一度呼びかけた。
「……ニルヴァーナ」
光が生まれ、さっきよりも少しだけ長く手の中に留まった。
けれど、ほどなく輪郭が崩れ、消えた。
「……もう一回」
「やめろ」
短い声だった。
「ぶっ倒れられたら面倒だ。座ってろ」
止める声も、その理由も、ぶっきらぼうだった。それなのに、不思議と腹は立たなかった。
反論しかけたものの、結局何も言わず、倒木へ座り直す。
神田はそれ以上何も言わず、木刀を握り直して構えた。
木刀が風を切る音が、一度、二度、三度と規則正しく響き始めた。振り下ろす軌道も速さも、少しも変わらない。
私はしばらく、その背中を眺めていた。
「……聞かないの?」
素振りの音が止まった。
「何をだ」
「……泣いてたこととか。何があったのか、とか」