第36章 2on1
次の瞬間、ユカリの温かい手のひらが、八百万の頭にぽんと乗せられた。
ゆっくりと、その黒髪を撫でる。
「これからも頑張ってね、八百万さん」
八百万の時間が、完全に停止した。
「………!!」
声が出ない。
大きく見開かれた瞳。
みるみるうちに、顔が真っ赤に染まっていく。
八百万は咄嗟に両手で口元を押さえた。
その大きな瞳には、瞬く間に溢れんばかりの涙が溜まり、うるうると潤んでいく。
その様子を見ていた観戦席。
「やば、落ちたな」
瀬呂がポツリと呟く。
「落ちたぜ……」
切島も深く、大いに納得したように頷いた。
「私も、私も撫でられたいぃぃ……!」
芦戸が羨ましさのあまり、両手で顔を覆ってジタバタと身悶えする。
一度、ユカリに撫でられたことがある耳郎は心の中で激しく賛同していた。
(……わかる、わかるよヤオモモ……!)
観戦席がそんな調子で騒がしくなる中、当の八百万は周囲の声など一切耳に入っていなかった。
ユカリに撫でられた。
褒められた。
認めてもらえた。
頭の中で、ユカリの優しい声と手のひらの温もりが、何度も無限に再生されている。
「八百万、大丈夫か?」
その様子を見ていた轟が、さすがに心配になって声をかけた。
八百万は口元をぎゅっと押さえたまま、ぷるぷると小刻みに震えている。
「む、無理ですわ……」
「?」
「嬉しすぎますわ……!」
轟は不思議そうに小首を傾げた。
その乙女心を理解するには、彼には少しばかり複雑すぎた。
その様子に、観戦席の上鳴が大爆笑する。
「轟!わかれよそこは!」
「何をだ」
「今のは効くだろ!!」
「そうなのか?」
「そうなの!!」
上鳴はモニターに向かって身を乗り出し、全力でツッコミを入れた。
ユカリ自身は、自分が後輩にどれほどの破壊力を与えたかなど、全く気づいていない。
ただ純粋に、後輩の成長を喜び、褒める。
彼女にとっては、ただそれだけのことだった。