第31章 病院
午後。
夕方にはまだ少し早い時間。
西日に変わり始めた陽の光が病室へ差し込み、白い床に長い影を落としていた。
ユカリはベッドの上で窓の外を眺めている。
検査結果は問題なし。
体調も安定している。
そんな時だった。
コンコン。
控えめなノックの音。
「どうぞ」
扉が開く。
そこに立っていた人物を見て、ユカリは少し驚いた。
「相澤先生?」
「……よう」
ユカリが目を丸くする。
相澤はいつもの無気力そうな顔のまま病室へ入ってきた。
「学校は大丈夫なんですか?」
「少し抜けてきた」
そう言って椅子を引き寄せる。
ギィ、と小さな音が鳴った。
相澤はそのままベッドの横へ腰を下ろした。
しばらく沈黙が落ちる。
窓の外から聞こえる鳥の鳴き声。
遠くを走る救急車のサイレン。
病院独特の静かな空気が二人を包んでいた。
ユカリは不思議そうに首を傾げる。
「先生?」
相澤は視線を落としていた。
組んだ手に力が入る。
そして静かに口を開いた。
「……お前を守れなかった」
低い声だった。
「すまない」
病室が静まり返る。
相澤の脳裏には何度も同じ光景が蘇っていた。
あの日。
あの瞬間。
駆けつけた現場。
空になった場所。
連れ去られた事実。
何度考えても結論は変わらない。
自分が担当だった。
自分が警護を認めた。
だから責任は全て自分にあると。
あの日からずっと思っている。
「…………」
本当は。
今朝もここへ来ていた。
まだ空が白み始めたばかりの時間。
学校へ向かう前に病院へ寄った。
病室の椅子に座り、ユカリが眠っている姿をしばらく見ていた。
規則正しい呼吸。
点滴。
包帯。
それを確認してようやく少しだけ安心した。
だが起こす気にはなれなかった。
だから何も言わず学校へ向かった。
ユカリはそのことを知らない。
相澤も言うつもりはなかった。
ただ。
何度顔を見ても。
何度無事を確認しても。
胸の奥の重石だけは消えなかった。