第3章 【伏黒恵】君に響くカンパニュラ**
ベッドの上で寝返りを打つと、机の上に置いたままのから借りたハンドタオルが目に入った。
あとで洗って返す。
そう言ったくせに、まだ返せていない。
それを見るだけで、あの日のことを思い出す。
あれからだ。
あれから、俺たちの関係はぎこちなくなった。
寿司を食べに行く前に、文房具屋に寄った。
が今使っているノートが、もうすぐなくなりそうなことに気づいていたから。
せっかくだから、初めてノートを買った文房具屋に連れて行った。
がずっと似たような花柄のノートばかり選んでいたことも、知っていた。
最初にあのノートを選んだ理由なんて、たいしたものじゃない。
花の名前も知らなかった。
花言葉なんて、当然知らない。
ただ小さな青紫の花が、なぜかっぽいと思っただけだ。
控えめだけど、ちゃんと何かを伝えようとしているような。
だから、手に取った。
『これとか……書きやすそうだし』
そんな適当な理由をつけて、に渡した。
は気に入ったのか、これがいいと言うように頷いていた。
無理に押し付けたみたいだったかと少し思ったが、その時のの顔を見て、選んでよかったと思った。
たぶん、あの時からだ。
俺は気がついたら、の顔を見るようになった。
好きか。
嫌いか。
迷っているのか。
嬉しいのか。
声がなくても、分かることはあった。
いや、分かりたいと思った。
今回も似たような柄のノートを俺が選んだら、はすげー嬉しそうな顔をした。
買ってやったら、宝物みたいに大事そうに抱えていた。
「ありがとう」の合図も何回も何回もして。
倉庫で、手のひらに触れた指先。
逃げるみたいに書き足された『し』の文字。
二人で出かけようとメッセージした時、すぐに返ってきた返事。
似合ってると言ったら、目を丸くして俯いた顔。
俺の服を褒めて、かっこいいと書いてきた時の赤くなった耳。
思い返せば、そういうものばかりが浮かんでくる。