第10章 霧の屋敷の裏側
シルバ達を乗せた馬車が正門を抜け、ゆっくりと森の奥へ消えていく。
深い森と同色のベストに白いシャツの袖を軽く捲り、二階の出窓へ腰掛けたまま、イルミはその様子をぼんやり眺めていた。
朝の陽射しが艶やかな黒髪を淡く照らす。
だが、その目に浮かぶ色は冷えていた。
――おかしい。
先日ニナが割ったワインは、来客用の高級品で、屋敷の者が普段口にする類のものではない。父親か母親の耳へ入れば、小言の一つくらい飛んで来てもおかしくない。
それなのに、何もない。
叱責も。確認も。遠回しな嫌味すらない。
つまり、ゴトーは本当に誰にも報告していないことになる。
イルミは立てた膝へ頬杖をついた。
執事長として屋敷全体を管理するゴトーが、ただ口止めされた程度で黙るとは思えない。つまり別の優先事項があると言う事だ。
おそらく、ニナの婚約。
余計な揉め事を増やさず、何事もなく話を進めたいのだろう。そう考えると、最近の妙な空気にも説明がつく。
使用人達の不自然な沈黙。母親の妙に穏やかな態度。時折こちらを窺うような視線。
イルミは目尻をキュッと細めた。
裏で勝手に話を進められていくのは気に入らない。まるで自分だけ盤面から外されたみたいだ。
やがてイルミはゆっくり立ち上がった。
「……なら、こっちだって」
誰へ向けたわけでもない独り言を落としてから、そのまま部屋を出て長い回廊を歩き出す。