第6章 悪魔
そもそも、悪魔というのは、願いを叶える代償として魂を奪う存在ではないのです。『どんな願いでも叶える』という甘い誘いに乗って私利私欲で願いを叶えた人の、その邪な魂を奪って生きるものなのです。
そんな悪魔にとって、清浄で美しく、明るい微笑みで守られている少女の魂は、とてもじゃないけど奪うことなどできないのでした。
・・・まったく、とんだ時間の無駄だったぜ。
だからです。悪魔は二度とここに戻ってくるつもりなどなかったのです。少女はその美しい心を抱えながら天寿を全うするでしょう。そして、その美しい魂はそのまま天に昇って、あの美しい星のように輝くことでしょう。
「んじゃあな・・・元気でな・・・嬢ちゃん」
そう言って、テラスの壁を蹴り、その身を宙空に投げ出そうとした刹那、ぎゅっとズボンの裾を少女に掴まれてしまったのです。
「待って、待って待って!思いつきました!とびきりの願いですわ!」
それは、少女自身も驚くほどの鮮明な声でした。こんなにも切ない思いで、そして、こんなにも大きな声で人を呼び止めたことなど、生まれてこの方、少女にはなかったのです。
この時点で、悪魔はもう少女の魂を奪う気なんてこれっぽちもなかったのです。ただ、その真剣な声に答えてやりたいと、そんなふうに心の底から思っただけでした。
・・・やれやれ、今度はどう言ってはぐらかすかな・・・
とん、と少女の傍らに降り立つと、悪魔は少女の頭にぽんと手を置きました。
「ん・・・まあ、一応言ってみな。」
悪魔の端正な顔が間近に迫って、少女はドキンと心臓が跳ね上がるような思いをしました。一瞬、喉を詰まらせてしまいましたが、それでも一音、一音、はっきりと悪魔にその願いを伝えたのでした。
「悪魔に・・・いいえ・・・あなたのお友達やお父様、お母様、ご兄弟の方々に、私を
逢わせてくださいな」
これが、最後の願いです。
少女はすいと悪魔から視線を外しました。
その顔は月の青の中にあって尚、紅色に染まっているのが分かるほどでした。
「あなたのような、優しい人たちに・・・
もっと、逢ってみたいのです」
悪魔はまるで、一瞬にしてあたりの温度が2〜3度下がったかのような、そんな錯覚を覚えました。どうしていいか、わからなくなったのです。