第6章 悪魔
一体、この娘はどんな願いをぶつけてくるのか・・・
悪魔は期待が半分、そして、もう半分は自分でも説明のつかない蒙昧な気持ちでもって、少女が願いを言うのを待ったのです。
「月を・・・見たいんです。
昔の人は、月を見上げたのでしょう?
その美しいと言った月を私も見てみたい」
少女は悪魔の方を振り返り、『できるかしら?』といった、ちょっと悪戯っぽい表情を浮かべました。
悪魔は虚を突かれました。そんな願いをかけてくるとは、想像だにしていなかったからです。
「月・・・?」
その言葉には、本当にそれでいいのか?というニュアンスが込められていました。しかし、少女はためらうことなく
「ええ」
と頷いたのでした。
「ま、まあ・・・お嬢ちゃんがそれでいいってんならな・・・」
言うと悪魔は右手で宙にくるりと輪を描くと、ぱちんと指を鳴らしました。そして、少女にもう一度、後ろを振り向くよう言ったのです。
「どうだ?」
少女がそこに見たのは、雨が止み、何百年にも渡って空を覆い尽くしていた汚れた黒雲が晴れた空の姿でした。そこには、月が青く蘇っていたのです。
彼女は、思わずベランダに出ると、テラスに体を預けて、空を見上げて溜息をつきました。
「素敵です」
まるで月明かりを余すことなく浴びようとするかのように目を閉じて佇んでいた少女は、不意に素晴らしい思いつきをしたかのように目を輝かせました。
「そうですわ・・・。ねえ、悪魔さん・・・二つ目のお願い、よろしいかしら?
あの街の灯りを全部消してしまってくださいな。
ほら・・・皆さんにも、この月明かりに気づいて欲しいの・・・だから・・・」
そうです。少女が見下ろす街には、あの天上の月の美しい光を鈍らせてしまうほどの昼の欠片が無数に散らばっていたのです。
「随分お優しいこったな・・・」
悪魔は諦めたかのように少し口角を上げると、いささかの皮肉を込めたような口ぶりでこう言いました。
そして、悪魔が左手をすっと横に伸ばすと、街の灯りは潮が引くように消えていったのです。少女の部屋の明かりも例外ではありません。見渡す限り全ての『人の創り出した光』が消えてしまったのです。