第27章 【脹相】へる日々
一睡もせず何時間そうしていたかわからない。
ふと気づくと八重の穏やかな気配を感じた。
いつもと変わらないその気配は何故かひどく懐かしく感じる。
脹相は被っていた布団を取り払うと部屋には朝日が差し込んでいた。
表を照らす朝日とは逆に脹相の内は未だに釈然としない感情が蠢いているが、昨日一日求めていた八重の気配に吸い寄せられるように足がそちらに向かう。
気配を辿ればこの時間のいつも通り、八重は厨房で朝食の準備をしていた。
厨房の入口に立ち、八重が支度している姿を黙って見ていた。
八重は支度に集中しているようで脹相の存在には気づいていないようだったが、しばらくして顔を上げた視界にようやく入った脹相の姿に反応してそちらを見た。
「おはようございます、脹相」
いつもの穏やかな表情。
脹相は胸が温かくなるのに息苦しくなるという不可思議な感覚に襲われて、挨拶にもまともに応じられなかった。
そんな脹相の様子に八重は手を止め、手ぬぐいで手を拭きながら近づいて来てしげしげと脹相の顔を下から覗き込んでくる。
どうしてか八重の目を見ることができなくて、脹相は視線だけ逸らした。
「脹相…」
名前を呼ばれたかと思えば、頬に温かい感触が走る。
一瞬遅れて八重の手が頬に添えられていることに気づき、身体が固まった。
「どうしましたか?今日はいつもより顔色が優れないようですが…いつもよりいらっしゃるのも早いですし、よく眠れませんでしたか?」
そちらを見なくてもわかる八重の心配する視線をやはり直接受ける気持ちにはなれず、かといって添えられた手を拒むこともできず、身動き一つ取れない。
「…あぁ、少し…夢見が悪かった」
そうとだけ伝えると頬に添えられた八重の手が、今度は脹相の手を軽く握りしめた。
「それはお辛かったですね。どうぞこちらに座ってください」
そう言って脹相の手を引き、隅に置かれていた椅子に案内した。
言われるまま座ると八重も膝を折り、依然脹相よりも下の位置から
「何か温かいものでも飲みましょう」
と慈愛に満ちた笑みをたたえていた。
昨夜の五条と談笑していた時とは違う、菩薩のような微笑みだった。
その表情の違いに更に臓腑の違和感が大きくなった。