第1章 炎柱は音柱を許さない 【鬼滅の刃 煉獄杏寿郎】
煉獄家の屋敷に、ホクホクとした甘い香りが漂い始めると、それは「彼」が帰ってくる合図だった。
台所で忙しく立ち働くは、火加減を慎重に見極めながら、最後の一仕上げに魂を込めていた。
町でも評判の美人と謳われる彼女だったが、厨房で煤にまみれることを厭わず、ただ一心に鍋を見つめていた。
「さん、今日もいい匂いだね。兄上もきっと喜ぶよ」
彼は慣れた手つきで膳を運びながら、の横顔を見てふわりと微笑んだ。
「千寿郎くん。ええ、今日は特に形の良いさつま芋が手に入ったから、つい気合が入っちゃったわ」
「ふふ、兄上の好物だものね。さんの作る芋料理は、町で一番だと僕は思うよ」
「もう、褒めすぎよ。千寿郎くんのお手伝いがあってこそなんだから」
使用人という立場ではあったが、年齢の近い二人のやり取りは、まるで本物の姉弟のように穏やかで親密なものだった。
「うまい! うまい! うまい!わっしょい!!」
広間に響き渡る快活な声。
食卓を囲む煉獄は、が作ったサツマイモの煮物を口に運ぶたび、満面の笑みでそう叫んだ。
「今日も実に見事な味だ、! 疲れが吹き飛ぶ!」
「よかった。杏寿郎さん、おかわりもたくさんあるから、遠慮しないで食べてね」
給仕をしながら、は胸の鼓動が早まるのを必死に抑えていた。
炎柱として命を懸けて戦う彼にとって、この家が安らぎの場所であってほしい。
幼い頃から共に過ごしてきたからこそ、その想いは誰よりも強く、そして切実だった。
「兄上、さんは今日、そのお芋を求めて朝早くから隣町まで行ってくれたんですよ」
千寿郎が茶目っ気たっぷりに付け加えると、煉獄は箸を止め、爛々とした瞳を直球にへ向けた。
「何、そうだったのか! 俺のためにそこまで……感謝するぞ、! お前はやはり、俺自慢の幼馴染だ!」
「幼馴染だなんて……私はただ、皆に健やかにお過ごしいただきたいだけで……」
顔を真っ赤にして俯く彼女の様子を見て、千寿郎は「また兄上は無自覚なんだから」と、困ったように、けれど楽しそうに笑っていた。