第11章 彼は彼女の心を救いたい 【ONE PIECE マルコ】
あの日から、モビー・ディック号の太陽は沈んだままだった。
いのりは、厨房に立つことも、甲板で海を眺めることもしなくなった。
医務室の奥、薄暗い部屋の隅で膝を抱え震え続ける毎日。
家族だと思っていた男に、もう一人の家族を殺され、自分は「胎」としてしか扱われなかった過去の地獄へ引き戻された。
更に、一番仲の良かったエースまでが、犯人の男を追い死地へと向かってしまった。
「……はぁ、はぁっ…! やめて……来ないで……ッ!!」
深夜、悲鳴と共にいのりが跳ね起きた。
駆けつけたマルコが目にしたのは、寝汗にまみれ、虚空を見て怯える彼女の痛々しい姿だった。
「いのり! 大丈夫だ、俺だ、マルコだよい…」
「マルコ、さん……っ、あ、あぁ……!」
彼女はマルコの胸に飛び込み、そのシャツをちぎれんばかりの力で掴んだ。
睡眠薬で無理やり眠らせても、ティーチの記憶は執拗に彼女を追いかけてくる。
「……怖いんです…。目を閉じても、開けても……あの人の感触が、サッチさんの血の色が……消えないの……っ」
震える声で、彼女はマルコを見上げた。
その瞳には、切実な、狂気にも似た光が宿っていた。
「……マルコさん、お願い……上書きして……っ」
「……何、を……?」
「あの人の、あの最悪な感触を…全部、マルコさんの温かさで塗り潰して……。そうじゃないと、私……もう壊れちゃう……っ」
マルコは絶句した。
彼女の言わんとすることを理解した瞬間、医者としての理性が警鐘を鳴らす。
「……ダメだ。あんたは今、混乱してるだけだよい。それに、俺はあんたよりずっと年上だ……。男に抱かれる恐怖だって、まだ消えてねェはずだ」
「……マルコさんなら、怖くない…! お願い……助けて、マルコさん…」
彼女は泣きながらマルコの首に手を回し、必死に唇を寄せようとする。
その姿は、愛情というよりは、溺れる者が藁を掴むような、必死の救済要請だった。
医者として、兄として、これを受け入れるべきではない。
だが、今の彼女を繋ぎ止めている糸は、今にも千切れそうなほど細い。
「…………分かった。分かったから、もう泣くなよい」
マルコは諦めたように、彼女の細い背中に手を回した。