第10章 彼は彼女を取り戻したい 【ONE PIECE ロー】
「……賑やかね。キャプテンもあの中に入ればいいのに」
イッカクがニヤニヤしながら隣に座る。
「……柄じゃねェよ。それより、あの女の様子はどうだ」
「見ての通り。キャプテンが『自由だ』なんて突き放すから、逆に吹っ切れたみたいよ。いい顔して笑うようになったじゃない」
ローは無言で視線をいのりへ戻した。
シャチの冗談に顔を赤らめて笑い、ベポの毛並みを幸せそうに撫でている彼女。
「……フン。騒々しい女だ」
そう毒づきながらも、ローの口角はわずかに上がっていた。
かつて絶望の淵にいた獲物が、自分の船で息を吹き返していく。
それは医者として、一人の男として、決して悪い気分ではなかった。
「あ、ローさん!」
ふと、いのりがローの視線に気づき、人混みをかき分けてこちらへ歩いてきた。
「……何だ」
「あの、お酒……。さっき、皆さんからいただいたんですけど……美味しいですね。こんなに楽しい夜は、生まれて初めてです」
少し赤くなった顔で、彼女は心からの笑顔をローに向けた。
その真っ直ぐな瞳に、ローは一瞬だけ言葉を詰まらせ、帽子をぐいと引き下げた。
「……飲みすぎるなよ、酔っ払い。明日、二日酔いで寝込んでも診てやらねェからな」
「ふふ、はい! 気をつけます!」
軽やかな足取りで仲間の輪に戻っていく背中を見送りながら、ローは残りの酒を一気に煽った。
島での数日間、クルーと打ち解けたいのりは驚くほど甲斐甲斐しく働いた。
洗濯の仕方も、この世界の料理の味付けも、イッカクたちに教わりながら懸命に吸収していく。
かつて「胎」としてしか存在を許されなかった彼女にとって、誰かの役に立ち、感謝されることは、何よりも心の傷を癒やす薬となった。
そして迎えた、出航の日。
港に停泊するポーラータング号の前で、ローは一人、いのりに向き合って立っていた。
「おい、いのり」
荷物を積み終えたクルーたちが動きを止める。
ローの低い声が、潮風に混じって響いた。
「この島は平和だ。政府の役人もいなけりゃ、物騒な海賊もそうは寄らねェ。……お前が望むなら、ここで船を降りろ。一生食っていけるくらいの路銀は置いてってやる」
その言葉に、真っ先に反応したのはクルーたちだった。