第21章 起首雷同
ベッドで規則正しい吐息を立てているナマエの身体には、目立つ傷は一つも見当たらない。
家入さんの反転術式で治してもらったのか、それとも怪我ひとつなく任務を終えたのか。
どちらにせよ、特級呪霊を相手に五体満足で帰還してみせたナマエは、これから今まで以上に過酷な任務へ引っ張りだこになるだろう。
……そんな未来を予感して、心臓が掴まれたように痛んだ。
「………ナマエ、」
足音を最小限に抑えてベッド脇まで移動し、未だに深く眠り続けるナマエと目線を合わせるように、俺は床へと静かに腰を落とした。
名前を呼んでも、髪を撫でても、頬を指でなぞっても、返事はない。
それでも、静まり返った室内に微かに響く小さな吐息だけが、荒れていた俺の心臓を優しくあやすように何度も撫でてくる。
「…………早く起きろ、バカ」
そう小さく呟いて、俺はナマエの柔らかい頬を親指と人差し指で柔く抓ってみる。
それに対して うっすらと眉間に皺を寄せたナマエだったが、次の瞬間には気の抜けたような、柔らかな笑みを口元に浮かべていた。
「…………アホ面」
思わず ふは、と笑いが込み上げ、静かに吹き出してしまった。
しかし、この無防備なアホ面を眺めているだけで張り詰めていた心がこんなにも満たされていくのだから、……俺も大概、単純で簡単な男なのだろう。
(………流石に叩き起すのは、違ぇよな)
いくら自分が安心したいから、その声を聞きたいからとはいえ、療養中のナマエを無理やり起こすのは、あまりにも非常識が過ぎる。
──── だったら。
そう心の中で黒く呟いて、床から重い腰を上げる。
そしてそのままベッドへと身を乗り出し、眠り続けるナマエの顔の両脇へ、逃がさないように両手をついた。