第20章 神業
秋祭りから数日。
私は病院の一室で眠り続ける津美紀ちゃんの傍らに腰掛け、小さい頃に二人で何度も読んだ絵本の元ネタである、一冊の小説を黙読していた。
(泡になって消えちゃうなんて、バッドエンドだよなぁ……)
『人魚姫』
表紙にそう大きく書かれた題名を指さして、「これにしよう!」とキラキラした目で二人で選んだあの日のことを、今でも鮮明に覚えている。
幼い頃に読んだあの絵本では、人間の王子様と恋に落ちた人魚のお姫様は、最後には祝福されて結ばれるハッピーエンドだった記憶があるのだけれど。
店頭に並んでいるのを見つけて興味本位で購入したこの原作小説は、酷く残酷だった。
人魚姫は王子様と結ばれるどころか別の女性との婚礼を見届けて、最後にはただ冷たい夜の海に身を投げて、誰に知られることもなく白い泡になって消えてしまった。
幼児用にと優しく改変されていた絵本の記憶が眩しすぎるせいで、手元にある本の結末が、どうしようもなく私の心を曇らせていく。
「苧環さん。そろそろ面会終了の時間です」
コンコン、という軽いノックの後。
私を迎えに来てくれた補助監督さんがそっと病室の扉を開き、申し訳なさそうに顔を覗かせた。
「あっ、すみません!!すぐに用意します……!」
慌てて読み終えた小説を鞄の奥へと押し込んで、ジッパーを閉める。
そして、未だ眠り続ける津美紀ちゃんの小指に絡んだ赤いリボンへ指を重ね、消えかけた私の呪力を継ぎ足した。
「………目が覚めるまで、私が守ってみせるから」
一年半ほど前。
ただ気休めのつもりでこのリボンを彼女の指に巻き付けた時は、正直、私自身もこの御守りの本当の"効力"なんてこれっぽっちも知らなかった。
だけど────初めて七海さんの任務に同行したあの日。
彼に降り掛かった呪いを、私の渡した御守りが身代わりとなって引き裂かれたところをこの目で見たとき、明確な確信に変わった。