第5章 オーバーライト※
保健室に入ってすぐ、恵くんの足が止まった。
白く整えられた室内を一瞬だけ見渡して、すぐに眉間に深いシワが寄る。
「……居ねぇ……」
先生が居なかったのだろう。
ぽつりと零れたその声は、思っていたよりも低く荒れていた。
いつもみたいな無愛想とは少し違う、苛立ちと焦りが混じった響き。
「ん……でもほら、血、止まったし平気、」
鼻に当てていたティッシュを外して顔を上げると、恵くんはそれを一瞥して不機嫌そうに顔を歪めた。
「頭当たってんだから、大人しくしてろ」
「……ハイ、ごめんなさい」
有無を言わせない口調に、反射的に小さく返事をする。
恵くんは小さく息を吐くとそのまま私を抱え直し、ベッドが並ぶ奥のパーテーションを押し分けた。
カーテンの向こうには誰もいない。
そんな静かな空間に足音だけが響き、慎重に私の身体がベッドへ下ろされる。
「俺は戻る。安静にしとけよ」
「あ……うん、」
そう言いながら私の手に握られていた赤く染まったティッシュを取って、恵くんは背を向けた。
────そういえば、恵くんも試合の途中だった。
それを中断して、ここまで運んでくれたんだと思うと、胸の奥がじんわり温かくなる。
「……ありがとう、恵くん」
背中に向かってそう呟くと、恵くんは振り返らず、代わりに軽く片手を挙げただけだった。
カタン、と控えめな音を立てて扉が閉まり、保健室には私ひとりだけが残された。